第二十七話 モブヒロインちゃんと最後の思い出シーン
もう遅刻は確定している。急いだところで大した違いはない。
だから、いっそのことのんびりと学校に向かうことにした。
時刻は午前の十一時くらいか。
学校まで三十分くらいかかるので、到着することにはもうお昼に近そうだ。
「まさか始業式に寝坊しちゃうなんて、夢にも思わななかったよ……」
いや、夢を見る状態だったから、寝坊したんだがな。
と、言葉遊びをしても仕方ないので、それを言葉にするのは控えておいて。
いつもは生徒でにぎわっているはずの登校路も、今ではほとんど人がいない。
遠い視線の先で犬の散歩をしている老人がいるくらいだった。ほのぼのとしていい時間帯だなぁ。
こんな穏やかな道を、最上さんと二人で歩く。
……最後の思い出としては、すごくいい情景だった。
「目覚ましでもかけ忘れたのか?」
「ううん。実は、朝まで起きてたの。緊張して眠れなかったから、本を読んでて。ほら、この前に佐藤君がアドバイスしてくれたでしょ?」
「……ああ。そうだな」
たしかに、そんな話をした記憶がある。
俺が冗談半分で言ったことを、彼女はしっかりと覚えていたみたいだ。
「あと、朝方になってからふと思い立って、お弁当も作ってみたの」
「弁当か。すごいな、最上さんって料理できるのか?」
「うん。もちろん、人並みの腕前だと思うけど……」
「それでも素敵だよ。料理ができる女性なんて、理想だからな」
「理想……えへへ」
最上さんは褒められたことが嬉しいのか、照れたように笑っている。
(家庭的な一面もあるのか。ますます、ヒロインとしての格がでてきたな)
一方、俺は彼女に感心していた。
料理属性まであるなんて、素晴らしいじゃないか。
かねてより、ヒロインは料理上手か、料理下手かの二極が主流だ。最上さんは上手な方に分類されるだろう。
真田もきっと、喜んでくれるはずだ。
……って、そうだ。弁当を作ったとするなら、それは――自分のだけとは限らないのか。
「ちなみに、用意した弁当は一つだけか?」
「……さすが。佐藤君って鋭いよね」
「やっぱりな」
予想は当たった。
つまり、弁当は一つだけじゃない。
「気合を入れて作ったのか?」
「思ったよりも、上手にできたよ。自信作かも」
「そうか。それはいいな」
「……うんっ」
最上さんは元気に頷いていた。
夏休み前には見られなかった、明るい笑顔だ。
いい表情だ。
こんな笑顔を浮かべさせるなんて……真田は本当に幸せな奴である。
まさか、真田のために弁当まで作って来るなんて。
(やはり――覚醒してるな)
明らかにモブヒロインの行動ではないだろう。
今の彼女は、行動がメインヒロインへとなっている。
この調子ならあるいは、すぐにヒロインレースでトップに躍り出てもおかしくないかもしれない。
「それで、朝方まで料理とかしてたから、もう寝ないで学校に行こうかなって思ってたのに……ちょっとベッドに寝転がったら、いつの間にか寝ちゃってて」
「だから遅刻したんだな」
「……心配してくれたの?」
「うん。後でスマホを見てみるといい。俺からの熱いメッセージが読めるぞ」
「本当に!? き、気になるから今見ちゃおうかなぁ――って、一文だけだよっ。『大丈夫か?』の一言は熱くなんてないからね? だいたい、佐藤君っていつもメッセージが事務的すぎると思うの」
「え。ご、ごめん」
なぜか俺が怒られていた。
若い子とのやり取りはまだ不慣れなんだ。転生前はビジネスメールばかり送っていたので、堅苦しい文章なら得意だが。
まぁ、それはさておき。
……最上さんって、本当に明るくなったなぁ。
夏休み中、髪の毛を切った後くらいから彼女はこうやって感情を見せることも増えた。
その変化が、俺はとても嬉しい。
ただ、一緒に歩いているだけなのに、すごく楽しかった。
そのせいか……気付いた時にはもう、学校に到着していた。
「ねぇ、佐藤君。遅刻した時ってどうすればいいのかな……わたし、遅刻したことなくて」
「職員室に行けばいいんじゃないか? 担任の先生がいるなら、先に声をかけておいた方がいい」
「いるかなぁ。うぅ、職員室ってちょっと苦手で」
「俺も一緒に行くから安心しろ。教室までは付き添うぞ」
「いいの!? ありがとうっ。佐藤君が隣にいてくれると、すごく安心する」
まぁ、これが俺と君の最後の交流だからな。
これからは真田が俺の役割を担ってくれるだろう。
そして……ついに。
モブヒロインの卒業の瞬間が、訪れたのである――。
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