第二十六話 モブヒロインちゃんのお母さんはおっとり系
……そういうことだったのか。
てっきり、最上さんのメンタルが不調なのかと思っていた。
あるいは風邪とか、俺が嫌いとか、そういう理由なのかと思って心配していたのだが。
「お母さん、なんで起こしてくれなかったの!?」
「ごめんなさい。まだ八月三十一日と思ってて」
「おっとりしすぎ――え、なんで佐藤君が!?」
階段をバタバタと下りてきた最上さんは、最初の方こそおかあさんにかわいらしい文句を言っていたが。
途中で俺に気付いて、かなり動揺していた。
「ね、寝起きでごめんねっ」
「いや、別に気にしないが」
「パジャマがださいのは、その、着慣れた衣服じゃないと眠れなくて……!」
「大丈夫だ。かわいいから安心しろ」
「……えへへ」
「ねぇ、風子。照れているところ悪いけど、急がないとダメじゃないかしら」
「――そうだった! すぐに制服に着替えてくるね!!」
おかあさんの一言で、自分が寝坊していることを思い出したらしい。
最上さんは慌てた様子で、再び二階へと駆け上がって行った。
「それで、佐藤君は何をしに来たのかしら? もう学校が始まっている時間よ」
「それを俺が指摘したんですけどね」
「ええ。だから私は気になっているのよ」
「迎えに来たんです。風子さんがいつまで経っても来ないから、心配で」
「あら。あらあらあら……かわいいわ。青春じゃない」
おかあさんはなぜか娘と同じように顔を隠して、何やら照れていた。
まぁ、そうなるのも分かる。大人になると、青春を感じると嬉しくなるのだ。
俺も、若い高校生のカップルが手を繋いで歩いているのを見かけた時は、なんだかすごく気分が明るくなった。おかあさんもあの感覚と同じものを抱いているようだ。
……まぁ、今の俺は青春を鑑賞する側ではなく、する側にいるのだが。
それはともかく。
「風子~。佐藤君はわざわざ迎えに来てくれたみたいだから、急いでね~」
「――そうなの!? 迎えに来てくれるなんて……あ、ありがとう」
おかあさんが二階に向かってそう呼びかけると、すぐに制服姿の最上さんが姿を現した。
急いでいるせいで少し恰好が乱れているが……昨日、俺が提案した通り、ジャージは脱いでいるし、スカートの丈も短い。完璧な美少女だった。
良かった。俺が言ったことが嫌すぎて学校に行きたくないのかと不安だったので、安心した。
「佐藤君、もうちょっとだけ待ってもらえる? 少しだけ、身支度させて?」
「構わないぞ」
「さ、さすがに寝起き姿のだらしないところを佐藤君には見せられなくて」
「俺か? 俺は別に気にしないのに」
「わたしが気にするのっ。ちょっとだけ、ごめんね?」
「風子、朝ごはんはどうする?」
「――食べない! もうっ。お母さんが起こさないせいで……!」
と、そんなやり取りを経て、最上さんは再び家の奥へと姿を消した。
彼女が身支度を済ませるまで、もう少し待つことになりそうだ。
「あらあら。ご機嫌斜めだわ。佐藤君、後で機嫌を取ってあげてね」
「任せてください。風子さんの機嫌を取ることには慣れています」
「あの子、すぐに落ち込んじゃうようなヘタレメンタルでしょ? 佐藤君みたいに堂々としている子と相性が良いと思うのよ。しっかりリードしてあげてね」
「はい……そうですね」
そのお願いだけは、少し頷きにくい事情があるなぁ。
おかあさんの言う通り、最上さんは堂々としているタイプと相性が良いだろう。
ただ、その相手は俺ではなく、真田になると思う。
おかあさんには申し訳ないが……これだけは、曖昧に答えて誤魔化しておいた。
まぁ、少し想定外の状況になっているが。
しかし俺はもう、最上さんに過剰な干渉は控えようと思っている。
だから、おかあさんと会うのもこれで最後かもしれない。
そう考えると、なんだか急に寂しくなった。
「おかあさん。風子さんのこと、愛してくれてありがとうございます」
「あら。急にどうしたの?」
「いえ。あんなにかわいい子を育ててくれたことに、つい感謝したくなって」
「うふふ。そう言ってくれると嬉しいわ。自慢の娘なのよ」
……ああ、やっぱり良かった。
モブヒロインで終わらなかったことは、最上さんにとっても、その周囲にいるおかあさんにとっても、きっと素敵なことだと思う。
つい、先ほどは過去の自分の言動を疑ってしまった。
最上さんが嫌がっているのではないかと、不安になってしまった。
だが、そんな必要はなかった。
おかあさんとのやり取りで、改めてそう認識できた。
さて、何はともあれ。
俺の最後の仕事は、最上さんを学校に送り届けること。
彼女を教室まで見送ってから……再び、物語の傍観者へと戻るとしようか――。
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