第二十五話 モブヒロインが来ない
ついに、九月一日を迎えた。
夏休みが終わり、新たなシーズンへと時が移ろう。
まだ残暑で気温こそ高いが、あと一カ月もすれば空気は秋へと一変する。
時が流れるのは早い。
あっという間の、夏休みだった。
俺にとっては夢みたいな期間でもあった。
モブ子ちゃんこと、最上さんと過ごした時間の尊さは、これからの人生で二度と忘れないだろう。
大切な大切な宝物として、この思い出は胸にしまっておいて。
さて、見届けようか。
(最上さん……どうなるのかなぁ)
朝。俺はいつもより早めに登校して、最上さんや真田の所属するA組に向かって歩いていた。
物語の始まりを、観覧したいと思っていたのである。
夏休み明けで、しかも始業する三十分前。生徒の姿は思ったよりも少ない。その中に、最上さんや真田の姿もなかった。
良かった。これなら、出会いの場面をしっかりと見ることができる。
最上さんが覚醒するお手伝いをした者として。
彼女を覚醒するように促した黒幕として。
ここまで見届けるのが俺の役割だ。
帰るまでが遠足、と同じ理論。
二人が出会ってから、ようやくラブコメが始まるのだ。
と、そうやって一人で感傷に浸りながら、廊下からジロジロとA組を見ていたのだが。
しかし、いつまで経っても最上さんが来ない。
(真田はもういるのに、あの子はどうしたんだろう)
気付けば、あと始業時間まであと五分に迫っていた。
今のタイミングだと、時間がなくて出会いが消化不良になってしまうのに。
……いや、その心配すらも杞憂だった。
結論から言おう。
最上さんは、学校に来ていなかった。
――なぜ、彼女はいない?
(連絡は……まだ来ていない。おかしいな、いつもならすぐに返信するのに)
授業中。机の引き出しに隠すようにスマホを入れて、何度もメッセージアプリを確認している。
先ほど、彼女に連絡を入れたのだが……最上さんからの返信はなかった。
(朝は結局来なかった。一時限目の休み時間にもいなかった……どういうことだ?)
昨日、家で制服を見せてもらった時。
学校を休むだなんて、彼女は一言も口にしていなかった。
もちろん、それを匂わすような発言すらなかったので、まさに青天の霹靂だったのだ。
(やっぱり、いないな)
二時間目の休み時間になると同時にA組に行ったが、やはり彼女はいない。
今日はもう休むのだろうか。だとしたら、風邪でもひいたのか……分からないな。
(もしかして、俺が無理をさせたから学校に行きたくなくなった……ということも、ありえるよな)
この夏休みで、最上さんは随分と変化している。
もちろん、良い意味の変化だ。しかし、夏休み前と比較すると変わっていることは事実
間違いなく、周囲の視線を集めることになるわけで。
そのことを気に病むあまり、学校を休んだ。もし、そうなら――俺のせいだ。
(……行くか)
だから、即座に俺は決断した。
まだ授業は残っているが、関係ない。一旦、学校を出て彼女の家に向かおう。
返信もこないので、なんだか不安だった。
どうして登校しないのだろう。もしかして、俺がやりすぎたからだろうか。
……俺のことが実は嫌いで無視されている、のならまだ良い。いや、良くないが、俺がショックを受けるだけで、彼女が傷つかないのなら別にいい。
もしそうなら、彼女から距離をとることを約束すればいいだけの話で終わる。
その確認のためにも、やっぱり直接顔を合わせた方が早い。
そういうわけで、最上さんの自宅に直行した。
『ピンポーン』
インターホンを押す指は、前回と比較して少し震えていた。
俺らしくないな。緊張しているらしい……新人研修でアポなしの飛び込み営業をさせられた時以来の震えだ。
いや、落ち着け。
これは新人研修じゃない。オフィスビルに放り込まれて、エレベーターで各階で止まらされた上に、名刺を渡すまでビルから出られないとかいう、あのパワハラ研修なんて忘れてしまえ。
……って、俺のトラウマなんてどうもでいいだろ。
我ながらかなり動揺していた。最上さんのことが心配で、仕方ない。
はたして、どんな対応をされるのだろうか。
そう思って、返事があるのを待っていたのだが。
「はいはーい。お待たせしました~……あら。佐藤君じゃない」
「あ、おかあさん。突然すみません。娘の風子さんって、いますか?」
「いるわよ。風子はぐっすり寝てるわ――って。なんで佐藤君は制服なの?」
「え? 今日は、学校ですから」
「何言ってるのよ。まだ八月三十一日よ」
「いや、九月一日ですよ?」
「……あら。そうなのね。じゃあ、たいへんだわ――風子を起こすのを忘れてたわ」
と、おかあさんが緊張感のない声で呟くと同時。
「――うわぁあああ!! ち、遅刻だぁあああああああ!!」
悲痛な叫び声が、最上家に響き渡った――。
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