第二十四話 モブヒロイン――覚醒
ついに、完成だ。
最上風子。ファンの愛称はモブ子ちゃん。
しかし今、彼女を『モブ』と呼べる者は存在しないだろう。
なぜなら彼女は覚醒を果たしているのだから。
「佐藤君、大丈夫?」
「ごめん。つい、嬉しくてな」
あまりの喜びで、思わず涙がこぼれた。
それくらいに、今の最上さんは魅力的になっている。
以前は、もっさりとした印象の少女だった。
目線が見えないほどに長い前髪。乱雑に切られて手入れの行き届いていない髪の毛。スタイルを隠すようなサイズの大きいジャージ。ひざ下まで覆うスカート。話していても届かない小さな声。自分を隠そうとするかのように丸まった背中……俺はそういう最上さんも好きだったが、世間一般的にはやっぱり、魅力的だとは言えなったかもしれない。
何より、自信のなさそうな言動と、自己否定ばかりの卑屈な性格は、彼女の存在感を薄くしていた。
そのせいで、最上さんは……真田才賀という主人公に対してお礼一つ言うことができずに、無視されてしまったのである。
だが、今は違う。
動くたびにチラッと空色の瞳を覗かせる、丁寧に整えられた前髪。清涼さと清楚さを醸し出す丸みのある黒髪。ジャージを脱いだことによって露出された着衣巨乳は、男性の視線を吸い込むほどのお山を形成する。そして、ふとももまで見えるスカートは、彼女の清楚な雰囲気とのギャップを醸し出す。
見た目の変化もすごい。
ただ、それ以上に中身だって、この夏休みで彼女は大きく変わった。
「嬉しくて泣くなんて……佐藤君がそんなこと言うと、わたしまでなんか泣きそうだよっ」
性格は、相変わらず愛らしいが。
ただ、声量は明らかに大きくなっている。丸まっていた背中はいつの間にかしっかりと伸びている上に、決して他人に触れようとしなかった手が、今は俺をなだめるように背中をさすってくれていた。
自信は、相変わらずなさそうではあるが。
自己否定も、油断するとすぐにするが。
それでも、今の最上さんは……自分自身を嫌いではないだろう。
そう断言できるくらいには、自分を愛せるようになっている。
これについては根拠こそないが、何となくそう感じられた。
だって、そうじゃないとこの着こなしはできないと思う。
少なからず、自分に自信が持てるからこそ、こうやって無防備さを醸し出すことができる。
俺に言われたから、というのもあるだろう。ただ、以前までの彼女なら、俺が言ったところでこのような肌をさらす着こなしはしなかったはずだ。
夏休みという期間で、人はこんなにも大きく成長できるのか。
まるで少年漫画の主人公である。
そう思わされるほどの覚醒だった。
「最上さん。一つ、心から謝りたいことがある」
「……? 佐藤君が私に謝ることなんて、ないと思うけど」
「いや。ある」
実は、今までの発言でどうしても謝りたいことが一つだけある。
それは夏休み前のこと。彼女を焚きつけるために伝えた一言について。
「――モブヒロインと言ってごめん」
その発言を、彼女に聞かせてしまったことに。
今はもう同じ世界で生きていると言うのに、まるで自分が神のような視点で発言したことに。
深く、謝罪した。
その言葉が、どれだけ彼女を傷つけたか。
この夏休みの努力を見れば、分かる。
いつも臆病だった彼女が、あの発言にだけは全力の忌避感を示した。
そのことを、心の中でずっと悔いていた。
でも、まだ覚醒していない段階で謝るのは、卑怯だと思っていた。
だから、この段階で……ちゃんとすべてが終わった今、ようやく伝えられた。
「君はもう、モブじゃない」
「……ほ、本当に?」
「うん。今の最上さんは間違いなく『メインヒロイン』だ」
そう伝えた瞬間だった。
せっかく、俺の涙が落ち着いたころだったのに。
今度は、最上さんの涙腺が崩壊した。
「――っ」
ぐっと、泣き声は押し殺している。
しかし、感情が溢れたのだろうか。最上さんは、急に俺に飛びついてきたので……その体を、しっかりと受け止めた。
夏休み前。
図書館で転びそうになったこの子を、受け止めた時と同じように。
「わたしこそ、ずっと言いたかったことがあるの」
「なんだ?」
「――ありがとう。わたしのこと、見てくれて……ありがとうっ」
名前を呼ばれて、泣きながら喜んだあの時のように。
いや……もしかしたら、あの時以上に。
彼女は、嬉しそうに泣いていた。
その涙と、触れている柔らかくて暖かい体を、抱きしめて……俺もまた、笑った。
(これで、俺の役割は終わりだ)
使命を果たした。
あとはもう、見届けるだけ。
最上さんがモブヒロインとしてではなく、メインヒロインになる姿を……コマの隅から、見守るのだ――。
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