第百九十八話 負け犬魂
面白いことに、今回のカラオケを経て俺と湾内さんは真逆の結論に至ったようだ。
「風子の下手くそな歌を聞かせても、オス共は喜ばなくない?」
「いいや、喜ぶ。湾内さんは男心を分かっていないようだな……あと、オスって言うな。時代に合わせろ」
相変わらず、口が悪いのはさておき。
湾内さんとの意見の相違は非常に興味深い。ついつい足を止めて、彼女の話をもっと聞きたいと思ってしまった。
「あ、あのっ。わたしの意見は……?」
最上さんが隣で何か言ってるが、俺と湾内さんの勢いに気圧されて声が小さい。すまないが、今は聞こえないことにしておこう。最上さんには悪いが、今は湾内さんの思考を探りたい。
それが、今後の展開にも左右される情報だと思う。
スパイ活動の一環として、これ以上に有意義なものはないだろう。
「正直、風子には『かわいさ』なんて要らないでしょ。スケベなだけで十分な価値があるんじゃないの?」
「スケベな上にかわいい。それが最強だと俺は思うがな」
「『スケベ』と『かわいい』は共存しなくない?」
ふむ。その意見はなかなか鋭いな。
たしかに、その二つの性質は少し異なる。
「あたしがモテない理由がそれだもん。見た目はロリっぽくてかわいいけど、中身は下品でスケベじゃん? それが共存するなら、あたしがモテない理由が説明できないけど」
……自分で言うなよ、と否定したいところだが。
しかし、悔しいことに湾内さんはたしかにかわいい。俺の好みではないが、一定の需要がある容姿だ。
それなのにモテない理由を、湾内さんは自分の性格にあると分析しているらしい。
「はたしてどうかな? 俺は、意外と君はモテると感じるが」
「どこが? あたし、まったく告白なんてされないし、男子から話しかけられないんですけど? あ、なんかムカついてきたわ。風子なんて、男子から毎日連絡先とか聞かれてるのに、あたしは全然聞かれないんですけど!!」
「しゃ、しゃとうくん! 教えてないからねっ。わたし、教えてないから!!」
いや。別に男子と連絡先を交換するくらい、別にいいんだが。
まるで浮気を誤魔化すように焦っている最上さん。そんなに気にしなくていいのに。
「だから、その……捨てないでぇ」
むしろ、この程度で捨てると思われる方がショックなのだが。
「最上さん、大丈夫だ。捨てたりしない」
というか、俺の所有物とも思っていないが、まぁいいや。
ひとまず、俺が怒っていないことを理解してくれたのか、最上さんが安心したように表情を緩めた。この隙に、湾内さんとの話を続けよう。
「君を好きになる層は、奥手な人が多いだけでは?」
「ロリコンは消極的ってこと?」
「そんなストレートに言わないでくれ。奥手なんだよ、彼らは……更に言うと、湾内さんは好きな相手がハッキリしているから、手を出そうとも思わないんじゃないか?」
この子は常日頃から、真田才賀にご執心であることを隠そうとしていない。
だからこそ、他の男子が近づいてこないのだと思う。
その点で言うと、氷室さんと一緒だ。特定の相手のみをターゲットにしている以上、周囲の男子は端から諦めてしまっているというわけだ。
それが、真田ハーレムが容姿の割りに男子に人気のない理由だろう。
加えて、これは最上さんがモテまくっている理由でもある。彼女も俺に対する好意こそ明確なのだが、肝心の相手である俺の存在感が薄すぎて、周囲に認知されていないか、そもそも『俺になら勝てる』と思われているのだろう。
この『なんかイケそう!』感が最上さんは強いおかげで、モテるのだ。
つまり、欠点は決して短所とならない。むしろ最上さんは、不完全である『かわいさ』が隙を生み、それが結果として人気へと繋がると俺は考えている。
「湾内さんも、真田を諦めたら途端にモテるようになると思うぞ。むしろ、君の頭とか理性が緩い性質は、多くの男子が好ましく思うはずだ。『かわいさ』と『スケベ』は競合こそするが、独立した輝きを放つことだってできる。湾内さんがまさしくそうだと思うぞ」
それが俺の結論だ。
故に、最上さんのカラオケが下手くそであることが、欠点だとは考えていない。
「その二つはシナジーこそないかもしれないが、悪い影響を及ぼすこともないんじゃないか?」
「べー。あたしがモテるわけないじゃんっ」
しかし、湾内さんは聞く耳を持っていなかった。
舌を出して、俺の意見を一蹴している。その態度は頑なで、少しびっくりした。
(湾内さんにしては珍しく、偏屈だ)
この子は思考が柔軟なタイプで、だからこそ厄介なのに。
湾内美鈴という少女は、実は戦略型ではない。俺の行動や思考に対応して自らの戦術を変える、いわゆる対応型である。そのせいで、今まで何度か苦渋の決断を強いられた場面もあったのだが。
しかし、今の湾内さんは彼女らしくなかった。
「こんな負け犬が、魅力的なわけなくない? もし、あんたの言う通りだったら……あたしは、才賀にこんなに無視されるわけないでしょ」
……結局、それが理由なんだな。
真田に認められなかった、という負け犬魂が彼女の長所さえも鈍らせているみたいだ――。
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