第百九十五話 天然記念物系ヒロイン
先頭を湾内さん、次点を俺、そして三番目に最上さんの順番となったわけだが。
「わ、わたし、お歌とかよく分からなくて」
カラオケ端末のタブレットを握る彼女は、ちょっと泣きそうな顔で俺に助けを求めていた。この顔もかわいいな。
「なんで知らないの? SNSとか見てたら普通は分かるでしょ」
「SNSは苦手で、あんまり見ないから……」
「はぁ? SNSを見ないなら、普段は何をしてるわけ? ずっと暇じゃん」
湾内さんも極端だと思うけどな。
いや、最近の若い子ってそうなのだろうか。SNSがこの世界の全てなのかもしれない。
ただ、最上さんは流行とは無縁の古風な少女だ。
「普段は本を読んでるの。あと、最近はお菓子作りとかに挑戦してるかなぁ」
「……天然記念物だわ。佐藤、この子はこのままでいさせないと逆にダメかも」
「分かっている。最上さんはそのままでいい。むしろ、そのままじゃないとダメだな」
「そ、そんなにわたしって変なの……!?」
今時の女子高生にしては珍しいのは間違いない。
もちろん、これは最上さんのいいところだ。
「大丈夫だ。俺は今の最上さんが好きだから、何も気にしなくていいぞ」
「さ、佐藤くん……!」
「おい。あたしを無視してラブコメしないでくれない? ったく……仕方ないなぁ。あたしが入れてあげるから」
そう言って、湾内さんが最上さんからタブレット端末を受け取った。
流行なんて何も知らない子に対して、どんな曲を入れようとしているのか。見守っていると、スピーカーから流れ始めた曲は――誰もが知っている、有名な子供向けアニメの曲だった。
愛と勇気だけが友達の、あの歌である。
「これなら知ってるでしょ?」
「知ってる、けど……うぅ」
さすがの最上さんでも把握しているらしい。さすがに、あんこパンがモチーフのあのキャラは通ってきたようだ。
しかし、マイクを渡されてなお、最上さんは歌いにくそうである。
気持ちは分かる。大人しい性格だと、人前で歌うことは恥ずかしくて仕方ないだろう。
彼女の気持ちが楽になるように。
俺は、こう告げてあげた。
「最上さん。君の歌声を、俺に聞かせてくれ」
「でも、下手くそだよ?」
「それでもいい。最上さんが歌っているところを、一度見てみたかったんだ。頼む」
……この子は、押しに弱い。
それは言い換えると、他人の言葉を尊重しているという意味でもある。
つまり『俺に言われたから』という理由を与えてあげればいいのだ。
そうすれば、彼女に動機が生まれる。
「わ、分かった。佐藤くんが言うなら……!」
そして彼女は立ち上がった。
両手でギュッとマイクを握りしめて、直立不動で――歌いだした。
「にゃにゃがきゅみゃのしゅあわしぇぇ」
すごい。歌いだしの全てを噛んでいる。
緊張が酷いのだろう。だが、一度歌いだしてしまえば、後は勢いに任せてしまえばいい。慣性の法則と同じだ。最初のエネルギーさえあれば、運動は続く。
最上さんが、歌っていた。
一生懸命。微動だにせず、ただモニタの文字を見つめながら、歌い続けている。
「……下手くそね」
湾内さんが、俺にギリギリ聞こえるような声でぽつりと呟いた。
たぶん、俺に話しかけているつもりもないのだろう。単なる独り言のはずで、その証拠に彼女は俺を見ていない。ただ、歌っている最上さんの方をずっと見ている。
だからこの子は、気付いていない。
(な、涙が、止まらない……っ)
俺が号泣していることに。
たしかに下手くそだ。音程はとれていないし、抑揚もないし、声は震えまくっていて、お世辞にも歌とは言えないレベルである。
だが、その拙さが逆に心に刺さった。
たとえるなら、園児の合唱会。
一生懸命に歌うその姿を見ていると、胸の奥底から何かが込み上げてくる。
上手とか、下手とか、技術の話なんてどうでもいい。
心の奥底から、優しい温もりが溢れてくるような、素敵なお歌だった。
(あのモブ子ちゃんが、歌ってるなんて)
夢みたいな光景だ。
地味で、大人しくて、誰にも認識されなかったあの頃から応援している俺にとって、今の最上さんはまさしく夢みたいな状況にいる。
そんなことも相まって、涙が次々と溢れてきたのだ。
「――や、やっと終わった……だ、だだだ大丈夫だった!?」
軽快なメロディが、ついに途切れる。
最上さんは終わったことによる安堵感と、それから俺たちの反応に対する恐怖心のせいか、すぐにこちらを振り向いた。
俺と湾内さんに感想を求めているのだろう。
だから俺たちは、同時に答えた。
「ダメだったわ」
「ずばら゛じがっ゛だ」
その瞬間、二人も俺の違和感に気付いたらしい。
そして、俺が泣いていることを知った二人は、ぎょっとしていた。
「佐藤くんが泣いてる!?」
「ど、どういうこと!?」
いや。だって。
感動したから、仕方ないんだ――
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