第百八十五話 自分だけが知っている、という特別感
とりあえず、ある程度の話はまとまったか。
A組とD組の提携も前向きに進めていく、ということで今日のところは留めておいた。あまり先走って色々と決めても仕方ないだろう。
俺としても、今回の交渉は大満足である。
(なんだかんだあったが、アニマル喫茶に決まりそうで良かった……!)
尾瀬さんを懐柔できて確信した。俺の思惑が通りそうである。
A組に仕事を持ってきたのは、これが目的の一つでもあった。もちろん顔見知りが多くて話がしやすいということもあったが。
アニマル喫茶になれば、最上さんにスケベなコスプレをしてもらえるかもしれない。
その期待に胸が膨らんでいた。当日が楽しみである。
「……ど、どうしたの? そんなに見つめられると、照れちゃうよっ」
おっと。アニマル喫茶が楽しみすぎて、つい最上さんを凝視していたらしい。
放課後。尾瀬さんとのやり取りが終わった後、今日は最上さんと一緒にいつもの喫茶店に来ていた。そこでコーヒーを飲みながら、目の前でココアを飲む最上さんを鑑賞していたのである。
寒くなったので、ホットドリンクが美味しいのだろう。ココアを飲むたびにほっぺたを緩める最上さんがまた愛らしくて仕方なかった。
「ちょっと学校祭のことを考えてたんだ」
本当はもっといかがわしい妄想をしていたのだが、意図的に表現を曖昧にしておいた。決して嘘は言ってない。学校祭に思いをはせていたのは事実である。
「学校祭……うん。楽しみだね」
俺の思考に同調してくれたのか。最上さんは純粋な笑みを浮かべていた。ご、ごめん……君みたいに綺麗な心を俺は持っていない……。
不幸中の幸いというか、今日はさやちゃんが不在だ。おかげで、アニマル喫茶のせいで思考がピンク色になっている今でも、まだ罪悪感が軽かった。まぁ、あの子がいたらこんなことを考えることもなかったと思うが。
閑話休題。いつまでも興奮しているわけにはいかないので、コーヒーを多めに口に含んで思考を振り払った。苦みで少しは思考も落ち着くだろう。
と、思っていた時のこと。
ふと視線を感じて顔を上げると、今度は最上さんがこちらを凝視していた。
「どうかしたか? そんなに見られると、俺も照れるかもしれないぞ」
「ぜ、全然照れてないよっ。顔がまったく同じだもん」
よく見てるな。俺が一切動じていないことも、最上さんは察している。
俺には初々しさが足りない。魅力的な女子に見つめられてドキドキするような青春は、もう味わえないのだろう。大人になると、色々な部分が摩耗してくから仕方ないのだ。体もそうだし、心だって削れて、年を重ねていくたびに鈍くなっていく。
これが良いことではないということは、俺の独白からも分かってもらえるだろう。
成熟の結果による達観ではない。摩耗による現象にすぎない。俺としては、最上さんのような初々しさにこそ宝物のような価値を感じる。
でも、彼女は俺とは違う考えみたいだ。
「――やっぱり、佐藤くんは遠くにいるなぁ」
目を細めて、まるで遠くを見つめるように。
あるいは、眩しすぎる光を弱めるように。
もちろん俺は、物理的に遠くにいるわけでも、後光を発しているわけでもないのに。
そしてその感情は、決してネガティブなものではないようで。
「あなたと一緒にいると、自分がすごく子供っぽく感じる……早く、佐藤くんみたいに余裕のある人間になりたいなって、思っちゃうの」
憧れと、敬意と、好意が入り混じっている気がした。
俺にとっては、過大な評価だとしか思えない。でも、最上さんの評価軸は俺とは大きく異なっている。
「さっき、うさぎちゃんと話している時も、すごく素敵だった。仕事のできる大人みたいでかっこよかった……今だって、苦いコーヒーを飲んでいるのが、大人っぽい」
「いやいや。最上さんの大人っぽいの基準が甘いぞ。俺は本当に大したことない人間だからな」
仕事ができる、ように見えてだけだ。
ブラックコーヒーを飲んで大人っぽいなんて、それこそ子供の考える評価基準だろう。
別に余裕があるから苦いコーヒーを飲んでいるわけじゃない。
年齢を重ねると味覚が鈍くなっていくのだ。健康面を考慮して砂糖の摂取を控えるため、という浅ましい理由もある。決して心の余裕があるわけではない。
でも、たぶん……最上さんは、そういうことを言いたいわけではないか。
彼女なりに、俺への感情を言語化した結果が先程のセリフなのかもしれない。
「えへへ。そうは言っても、わたしはちゃんと分かってるよ。佐藤くんの魅力を、知ってる」
「……まぁ、理解してくれているのは、素直に嬉しいよ。ありがとう」
「いえいえ。わたしだけが、あなたの魅力を知っている……といいなぁ」
ああ、そういうことか。
その感情なら、俺もよく分かるな。
だって、俺だけがモブ子ちゃんの魅力を知っている、という感覚で優越感に浸っていたくらいだ。
それと同じことを、彼女も抱いているのかもしれない――。
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