第百七十四話 歪ませる存在
足を舐められて嬉しい人間なんているのか?
普通に困るので、すぐに湾内さんを止めた。
「そんな媚び方をされても困るぞ。やめてくれ」
「えー。じゃあ、どこを舐めればいいのよ」
「どこも舐めるな」
舐めることがコミュニケーションって、それだとまさに犬だった。
「……飽きた。もういい!」
俺が喜んでいないのが不服だったのか。
湾内さんは拗ねたようにそっぽを向いた……と思ったら、急に走り出した。
「あ! ボールだ!! みてみて、風子。ボール!!」
「うん。ボールだね」
もしかしたら、ここでボール遊びをしていた子供たちが前にいたのかもしれない。忘れ物だろうか。
薄汚れたテニスボールが、茂みの中にあったらしい。それを持ってきた湾内さんが、なぜか俺に渡してきた。
「佐藤。投げて」
「なぜ」
「いいから! あっちに投げてっ」
「……投げればいいのか?」
「うん!」
何の意図があるのか分からない。
だが、言われた通りにやらないと面倒になるだけなので、素直に従って投げた。
公園の中央は広場のようになっている。遊具は古いが管理はされている公園で、芝生もキレイに刈り揃えられている。動き回るには良い場所だ。
その広場に向かってボールを軽く投げてみると……湾内さんがいきなり走り出して、ボールを追いかけた。
な、なんだ? 何がしたいんだ?
彼女の行動が全く分からない。
混乱していると、ボールを拾った湾内さんが再びこちらに走ってきて……またしても、ボールを渡してきた。
「はい、どうぞ!」
「……どういう意味があるんだ?」
「別に意味なんてないけど? ほら、もう一回投げて!」
「楽しいのか?」
「うん!!」
元気な返事だった。
……もしかして、湾内さんは本当に犬なのか?
ボールを追いかけるのが、本当に楽しいらしい。表情がいつも以上に明るい。
まぁ、楽しいならそれでいいのか。
「じゃあ、投げるぞ」
言われた通りに再びボールを投げた。
今度はちょっと強めに。ボールは弧を描いて、公園の奥の方に転がっていく。
それをダッシュで取りに行った湾内さんは、またしても拾ってから俺に渡してきた。
「にゃははっ。やっぱり公園っていいわ……いっぱい走っても怒られない!」
「そ、そうなのか」
「小さい頃は、ずっと公園で遊んでたのよね~。パパとママと一緒で、すっごく楽しかった!!」
……こうしてみると、無邪気な少女だな。
普段は歪んでいる一面ばかり見ているので、このギャップに戸惑った。
一方、最上さんは相変わらずいつも通り、優しい笑顔で湾内さんを見守っている。
「美鈴ちゃんって、運動が得意なんだよ? 体育でもすごいよね~」
「風子が鈍いだけじゃない?」
「わ、わたしは、そうだけどっ」
「もっと動きなさい? ダイエットにもいいのよ……まぁ、胸は大きくならないけど」
「そうだね。わたしも、もっと動かないとなぁ」
……なるほどな。
なぜ、最上さんが湾内さんとこんなに仲が良さそうなのか、実は気になっていた。
基本的に湾内さんは俺の前で奇行が多い。
下品な言動ばかりで、まともなところをあまり見たことがない。
常に発情しているメス犬モードだったのだ。
しかし、こうして普段の一面を見てみると……意外と普通だ。
いや、子犬っぽい気質が普通とは言い難いかもしれないが、少なくとも下品な言動と比較するとまともである。
この一面を知っているからこそ、最上さんは湾内さんに対して親しみを抱いているようだ。
恋愛が関係ない場面において、この子は普通の活発な少女なのである。
(いや……もしかして、真田がいなかったら――)
ふと、想像した。
もし、真田のいない世界に湾内さんが生まれていたとするなら。
彼女はもっと、普通の少女として生きていたかもしれない。
子犬属性こそあるが、活発で無邪気な明るい少女として、みんなからも慕われていただろう。
だが今は、違う。
湾内さんは恋愛が絡むと少し言動がおかしくなる。
そう考えると……真田という存在の罪深さに、ため息が零れた。
(ヒロインに大きな影響を与える存在、か)
それが良い影響だけなら、まだいい。
だが、悪い影響だって与えているわけで……やはり真田才賀という主人公は危険だなと、改めて思った。
(最上さんも、影響を受けたら……変わる可能性がある、ということか)
人は不変じゃない。
今のところ、最上さんは大丈夫に見える。
だが、油断すると彼女もまた真田の影響を受けるかもしれない。
そうならないように、気を付けようと思った――。
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