第十七話 モブヒロインが明るくなって更にかわいい
この夏休み、最上さんの変化は著しい。
それはもちろん、外見だけではない。内面もまた、大きく変化していた。
「佐藤君、ちょっといい? お話があるんだけど」
夏休みも、残すところあと一週間。
日課となった早朝の運動を終えた後のことだった。
髪型を変えてからしばらく経っている。
美容室に行って数日ほどは慣れないのか、ずっとそわそわしていたが……今はすっかり落ち着いていた。
首元ほどの長さの髪の毛は、吹き抜ける風で微かに揺れている。
そのせいか、前髪の隙間から空色の瞳がよく見えた。透き通るような目に、つい視線が吸い込まれる。
常に目が隠れている、というわけではなくなった。
ただ、身動きさえしなければ目線は見えなくなるので、メカクレ属性はなおも健在である。
俺は彼女の瞳も、目が隠れているところも好きなので、今の雰囲気はすごく好きだった。
「あの……この前、ヘアカット代を支払ってくれたよね? ごめんね、あの時は驚きすぎてお金のことが頭から抜け落ちてて……昨日の夜にふと思い出したの」
「ん? ああ、別に気にしなくていいぞ。一ヵ月のお小遣いが消し飛んだだけだ」
「そ、それは気にするに決まってるよっ」
「いいんだ。俺の気持ちだから、受け取ってくれ」
「……じゃあ、お礼をさせて!」
ん?
まぁ、それくらい自由にしてもらって構わないが。
「お礼くらい好きに言ってくれてもいいぞ。『ありがとう』が言えるなんて、最上さんはすごくいい子だな」
「感謝の言葉くらい、当たり前だよっ。それだけじゃなくて、あのね……何か、わたしからプレゼントさせてくれない? ヘアカット代のお礼に、何か返したいの」
ああ、そういうことか。
ありがとうの一言だけで俺は十分満たされるのだが、それでは最上さんが満足しないようだ。
なんて素敵な子なんだろう。
こんな子に好かれているなんて、真田とかいう男が本当に羨ましい。
「プレゼントか。嬉しいが、別にほしいものはないな」
強いて言えば、最上さんの笑顔だな。
と、言ったらさすがに気持ち悪がられると思ったので、自重しておいた。
「本当に? それなら、ケーキとかがいいのかな……それともお菓子?」
「ごめん。甘い食べ物は少し苦手なんだ」
「へー。佐藤君って、甘そうな苗字なのにね」
「砂糖はそれほど好きじゃないぞ」
「だったら、えっと……そうだっ」
最上さんの様子を見た感じ、引く素振りはないのだろう。
お礼をしないと気が済まないみたいだ。俺が首を振っても、彼女は他の案を提示してくる。
「もし、良かったらなんだけど――ごはんとか、食べに行かない?」
「ごはん? いいのか?」
「う、うん。佐藤君が、嫌じゃなければ」
嫌だなんて、とんでもない。
むしろ、最上さんと一緒に食事ができるなんてすごく嬉しい。
と、喜んでいる反面。
俺は、内心で密かに驚いていた。
(あのモブ子ちゃんが、食事に誘うなんて)
少なくとも、夏休み前だったら決して有り得なかっただろう。
『わたしなんかが食事に誘うなんて失礼だよね』
そうやって自己否定して、頭で思いついたとしても直接言葉にすることは無かったはずだ。
やっぱり、内面にも変化がある。もちろん、悪い方向にではなく、良い変化だ。
あるいはそれを、一般的には『成長』と呼ぶのか。
「佐藤君の好きな食べ物って、なに?」
「ラーメン。地方に行った時は必ずご当地の有名店で食べてたな」
「ちほう? ごとうち? 佐藤君って、意外と旅好き???」
いや。転生前の話だけど。
出張で地方に行く機会がたくさんあったんだ。ビジネスホテル暮らしは結構大変だったが、ラーメンでストレス発散していたと言っても過言ではない。
「それなら、あの……こ、これから行きませんかっ」
最上さんは、やっぱり誘うのは少し緊張している。
だが、それだけだ。俺に対してちゃんと意思表示をしている。
この成長が、なんだかとても嬉しかった。
「もちろん。実は、前々から目を付けているところがあってな」
「いいの? 良かった……えへへ」
そして、最上さんも嬉しそうに笑っている。
かわいい笑顔だった。
こんなに素直に笑えるようになったのなら、もう心配は不要だな。
モブヒロインは、順調に成長している。
覚醒まで、もう間もなくだろう。
そして、俺とこうやって仲良くするのも……あとわずかだろうなぁ――。
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