第百七十三話 負けヒロインは『無敵の人』
湾内さんに案内されてやってきたのは、寂れた公園だった。
公園といえば子供の遊び場なのに……人の気配がまったくない。
まぁ、最近は公園で遊ぶ子供も減っているらしいが。
少子化のあおりも受けているのだろう。遊具も古くて錆びているせいか、使用禁止という看板が立っていた。ブランコも滑り台もダメらしい……ベンチで座る以外にやることがない公園だった。あとは、広場で遊ぶくらいかな?
いずれにしても、今は誰もいないので関係ないか。
「ほら! 人が全くいないのよっ。あたしが才賀と付き合ったら、この公園で思う存分にイチャイチャする予定なの」
「それはいいね。美鈴ちゃん、わたしは応援するよっ」
「――まぁ、付き合える可能性なんてゼロなんだけどね」
「ええ!?」
湾内さんの自虐が重い。
せっかく最上さんが前向きなことを言ってくれたのに、自嘲めいた笑みを浮かべていた。いつもは生意気なクソガキなのに、たまに負けヒロインになるから面倒である。
「最上さん、気にしなくてもいいぞ。どうせ同情を煽って優しくされたいだけだからな」
「分かってるなら、あんたも優しくしなさいよ。えいっ」
と、湾内さんが俺のすねを蹴ってくる。
ここでイライラしては彼女の思うつぼだ。生意気に見えて被虐嗜好もあるので、怒られて喜ぶ変態なのだ。あえて無反応でいることが、彼女にとって一番ダメージがある行動である。
「二人とも、相変わらず仲良しだね~。とりあえず座ろっか」
……あれ。
最上さん、俺と湾内さんのやり取りに慣れたのかもしれない。
ちょっと前までは言い争いをしていたら戸惑っていたが、今は『またやってるね』くらいの感覚みたいだ。まぁ、別に本気で喧嘩しているわけではないので、反応としては正しいか。
「じゃあ、あたしは真ん中ね」
「なぜだ。最上さんが真ん中だろ」
「は? あたしの隣が嫌ってこと!?」
「もちろん。俺は最上さんの隣がいい」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて……ここは妥協案として、佐藤君を真ん中にしよっか」
「えー。まぁ、別にいいけど……佐藤にセクハラできるし」
「セクハラするな」
俺としては、最上さん隣に座れるなら何でもいい。
そう気軽に考えてベンチの真ん中に座ったのだが。
「――今よ! 風子、佐藤を抑えてなさい。あたしが媚びるから!」
「あ。そ、そういえばそういう理由もあったね! 分かった」
「……そんな、思い出したようにやらなくても」
そういえば、今日は二人が俺に媚びるために企画されたイベントだった。
ミスコンで、俺を氷室さんの陣営から引き抜くという禁じ手を使って、圧勝するつもりでいるとのこと。
俺は普通に出かけている気分だったのに、湾内さんがそれについて思い出したらしい。
「佐藤君。ごめんね、ちょっとだけだから……!」
ベンチに座る俺の後ろから、最上さんが抱き着くように拘束してきた。
『むにゅん』
ふむ。拘束具にしては最高の感触だ……これは、振り払うのが難しい。
物理的な力で考えると、最上さんは非力なので容易にほどくことはできるだろう。ただし、この後頭部の柔らかい感触があまりにも素晴らしくて、力を入れる気にならなかった。
悪くない。いや、むしろ良い。
こういうラブコメっぽイベントは、やっぱり好きだ。オタク心がうずく。
日常系青春ラブコメだな。いいワンシーンである。
……と、朗らかな気持ちになっていたのに。
「佐藤。お願いっ。日向を裏切って? 裏切ってくれたら、なんでもするわ。足とか舐めればいい? ぺろぺろぺろぺろ!!」
「あ! おい、やめろっ。勝手に舐めるな!?」
犬かよ。
いつのまにか靴が脱がされていて、何のためらいもなく足先を舐められていた……というか、ほとんど食べていた。おい、あんまり清潔な場所じゃないから、口に入れるな。
湾内さんを、ちょっと舐めていた。いや、物理的な意味ではなく、精神的な意味である。
平気で他人の足を舐めることができるのは、常軌を逸していると言わざるを得ない。
「プライドってないのか?」
「それがあったら、もっとまともな性格になってます~w」
「……最上さん。やっぱりこの小娘はダメだ。友達にするには、変態すぎる」
「大丈夫。風子も意外と変態だから、あたしたちって相性がいいの」
「変態じゃないよ!? み、美鈴ちゃん、ほどほどに……ね? 佐藤君が困ってるよ」
「えー。別に足くらい舐めて良くない? 減るものじゃないし」
「どういう価値観を育めばそうなるんだ」
……普段はメスガキという属性で覆い隠されているが。
湾内さんは、ちゃんと負けヒロインだ。プライドもとっくに折れていて、もう粉々になっているのだろう。ちょっとヤケクソ気味な行動が多い。
下品な言動が多いのも、やっぱり投げやりになっているからという理由もある気がした。
いわゆる『無敵の人』である。こうなったら、ヒロインは恐ろしいな――。
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