第百七十二話 ママ友として?
「どこに行く? ホテル?」
まだ湾内さんは帰る気がないらしい。
とんでもない行き先を示しているのはスルーして、最上さんと顔を見合わせた。
「……行く?」
彼女がスルーできていなかった件について。
顔を赤らめている最上さんに、俺は苦笑しながら首を横に振った。
「行かないが」
最上さんがチョロすぎて恐ろしい。
空気に逆らえないというか、あまりにも乗せやすい性格だった。湾内さんの下品な性格の影響かもしれない。
もちろん、俺はそういうタイプじゃないので断った。
「そ、そうだよね! あはは、冗談だよ。冗談っ」
俺が呆れているのが伝わったのだろう。
取り繕うように目を背ける最上さん。焦った顔もかわいいので、良しとしておこう。
「は? あたしは本気だけど?」
「君の貞操観念はどうなってるんだ……他の男子に対してだらしないと、真田に失望されるぞ」
「ぷぷーw 才賀があたしを一番に選ぶわけないからセーフでーす! 貞操? 何それ。守ってたところで一番になれないなら意味ないですけど……あ、自分で言っててなんか悲しくなっちゃった」
「み、美鈴ちゃん。よしよし、泣かないで」
「ぐすっ。な、泣いてないしっ」
そのナマイキさでメンタルが弱いのはやめてほしい。
普通に同情しちゃったので、これ以上は責めないであげよう。
「湾内さんは、ホテル以外にどこか行きたい場所があるか? ないなら、少し早いが夕食にしよう。近くに気になっているラーメン屋があって――」
「公園」
「……ラーメン屋があるんだが」
「公園、行きたい」
くそっ。傷心中でもちゃんと意思表示するのかよ。
実はここに来るまでにラーメン屋の情報も仕入れていたので、それとなく誘導してみたが失敗に終わった。
「公園、ダメ?」
「ダメじゃないよっ。佐藤君……わたしからも、お願いっ」
真田との恋愛関係について思い出したのだろう。
報われない恋をしている負け犬ヒロインは、悲しそうな表情を浮かべている。
共感力の高い最上さんは、湾内さんと同じように辛そうな顔で訴えかけていた。
湾内さんって、下品なことばかり言ってるが……公園に行きたがるのは、なんだか意外だ。
まぁ、うん。気になる女子と一緒に公園に行くのは、青春っぽくてなかなか良いな。
「分かった。公園にしよう」
ラーメン屋は今度だな。
そう思って頷いた、その瞬間だった。
「よっしゃー! ついてきなさい、近くにいい雰囲気の公園があるのよ。茂みも多いし、トイレも広くて綺麗なの! 人もあんまり来なくて、周囲からも目立たないから、めっちゃエロ漫画に出てくる感じがしていいのよね~」
一転して、満面の笑みを浮かべる湾内さん。
このクソガキ……俺と最上さんの同情をわざと煽っていたらしい。
「……元気そうで良かった」
ただ、最上さんはいい子すぎて、湾内さんが元気なことを喜んでいる。
心が綺麗だなぁ。ちなみに俺は、ちゃんとムカついている。いつかギャン泣きさせてやりたい。
「にひひっ。風子はこんなに性格が悪いあたしでも、ちゃんと許してくれるから好き~」
「え。性格が悪いなんて、思ってないよ?」
「んっ。そうやって思ってくれるから、あんたはいいのよ。風子となら、一緒に子育てできそうだし」
「あはは。子育てなんて、まだまだ先の話だよっ」
……最上さんはたぶん分かってないだろうな。
一緒に子育て、という言葉の意味を。
(最上さんは真田の正妻として。湾内さんは真田の愛人として。二人で一緒に、という意味だな)
最上さんはたぶん、普通にママ友として湾内さんと仲良くするという意味で考えているだろうが……そんな健全な関係ではないはずだ。
歪んだ夫婦関係である。ただ、最上さんの包容力はその歪みさえも受け入れてしまえるので、困ったものだ。
湾内さんが目をつけるだけある。彼女なら、なんだかんだ湾内さんとも仲良くできるだろう。
まぁ、俺がそれをさせないわけだが。
「俺は許してないけどな。からかうのはいいかげんにしろ」
「は? あんたの意見なんて聞いてませーんw。 ばーか」
「最上さん。この小娘はあまり気にしなくていいぞ。無視していたら勝手にいなくなるから」
「そ、それはダメよっ。野良犬みたいに扱わないでっ。風子、ちゃんと構って……!」
と、俺が湾内さんと対立したのだが、最上さんは意外と困っていなさそうだった。
むしろ楽しそうに、彼女は笑っていた。
「えへへ。わたしは、佐藤君と美鈴ちゃんと三人で一緒にいるのが、好きだよ?」
……本当にこの子は、いい子すぎるな。
あまりにも純粋なので、邪悪な俺と湾内さんは浄化されそうだ。
彼女がそこまで言うなら、仕方ないな。
「お。風子も三人で大丈夫? じゃあ、やっぱりホテルに……」
「行かない。目的地は公園だからな」
……相変わらず下品な小娘だが。
湾内さんのことは、最上さんに免じてひとまず受け入れておくことにするか――。
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