第百六十九話 現代っ子
最上さんは根っからの文学少女である。
特に恋愛系の小説が好きらしく、図書館でよく借りているらしい。
書店に到着した後。最上さんはまっすぐ恋愛小説特集と書かれた棚に向かっていった。
「佐藤君。これ、すごく面白かったよっ」
「へー。どんな話なんだ?」
「百日後に死んじゃう兎さんと亀さんが時間をループしながら仲を深めていく恋愛物語なの」
「……世界観が面白いな」
恋愛小説で世界観を特殊にする必要があるのかはさておき。
色々と混ざっている気がしないでもないが、興味が惹かれることは間違いなかった。
「ふわぁ~……えいっ。えいっ」
一方、湾内さんは退屈そうにあくびをこぼしていた。
俺のすぐ後ろにいるのだが、暇なのかさっきからお尻付近を蹴ってきてうざい。かまってほしそうにしているのが露骨なので、あえて無視した。小娘よりも最上さんとオシャベリしたかった。
「あと、これもオススメで……あ! この本の続刊ってもう出てたんだ。見落としてたなぁ」
どれどれ。俺も、最上さんの好きな本を知りたい――って、おい。
「尻を触るのはやめろ。セクハラだぞ」
さすがに無視できなくなった。
湾内さんがお尻を手のひらでガシッとつかんできたのである。何の意図があるんだ。
「あ。やっと気付いた?」
「通報していいか?」
「やれるものならやってみなさいよw あたしは『女』ですけど~?」
……つ、強い。
不思議なことに、そう言われるとこちらから何も反論できなくなる。
特にセクハラという要件は、男性側が圧倒的に不利だ。
「男は触ったらダメだけど、女は触ってもいいのよ」
「時代錯誤すぎるだろ。男女平等って知ってるか?」
「知りませーん。お尻だけにw」
う、うざい。
暇なんだろう。ちょっかいを出してくる湾内さんに、ついため息が零れた。
無視はダメだな。行動が過激になるので、適度に相手をしてあしらった方がいいかもしれない。
「…………」
幸いなことに、最上さんは試し読みを始めてから本に夢中になっていた。予想より面白かったのかな。すっかり俺のことも忘れて本に没頭している。
本当に、本が好きなのだろう。
そういう最上さんの一面が俺は好きなので、彼女の邪魔をしないように、湾内さんを連れてさりげなく距離を取ってあげた。うるさくすると読書の邪魔になるからな。
「ねぇ、佐藤」
「なんだ」
「暇」
「君も本を選んだらどうだ? 知識が増えていいぞ」
「本なんて読む意味あるの? 情報が欲しいなら動画でいいじゃんw」
古風な最上さんと違って、こちらは現代っ子だなぁ。
もちろん最上さんは良い意味の古風で、湾内さんは悪い意味の現代っ子である。
「文字って読むのめんどくさくない? 読み上げ機能とかついてないわけ?」
「機能にばかり頼っていると、思考力が養われないぞ」
「別に思考力なんてなくて良くない? AIに聞けばいいじゃん」
「……AIにはハルシネーション問題があるから、君みたいに鵜呑みにすると危険性が高いんだ」
「はるしーしょん?」
「根拠のない誤った答えを、あたかも事実であるかのように語るという問題だ」
「ふーん。で、なに? 便利なAIを使わない負け組が何か言っててウけるーw」
ああ、ダメだ。議論なんて無意味だな。
そもそも、湾内さんは議論したくて会話しているわけじゃない。ただただ構ってほしいだけなので、内容はどうでもいいのだ。俺の感情を逆撫ですることだけが目的ともいえる。
その証拠に、会話してあげるとちょっとだけ嬉しそうだった。
最上さんが試し読みを終わるまでは、もうしばらく付き合ってあげるかな。
「ちなみに、湾内さんは漫画とかは読まないのか?」
「エッチな漫画なら読めるけど」
「あれは読むと言うのか……?」
どうなんだろう。まぁ、まったく見ないよりかはいいのだろうか。
「ねぇ、佐藤。あっちにエッチな本のコーナーがあるんだけど、行ったらダメ?」
書店の隅。そこにはR18と書かれた黒い暖簾があって、そこをくぐると男性の花園が広がっている。
大人の男性にしか入ることが許されない場所だ。
もちろん、小娘が立ち入っていい場所ではない。
「ダメだ」
「じゃあ、一緒に行かない?」
「ダメという意味が分からないのか?」
「えー。いかにも童貞っぽいやつをからかいたかったのに~」
エロ漫画のメスガキみたいなことをするのはやめてくれ。
ジャンルが違うので、もちろん止めた。この子だけちょっとキャラクターの色が違うんだが――。
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