第百六十七話 動機が不純で気に入らないのです
――小腹を満たした後。
いや。さやちゃんにとっては、もしかしたら小腹どころじゃないかもしれない。まだおやつ時だが、夜ご飯を食べているような勢いだった。小柄な体格なので、たくさん食べているとなんだかほっとする……というおじさん心はさておき。
雰囲気も落ち着いてきたところで、本題に入ろう。
「そういえば、なんでさーちゃんに協力をお願いしたの?」
お。ちょうどいいタイミングで、氷室さんが話題を出してくれた。
彼女にはまだ『あのこと』を伝えていない。だから、急にさやちゃんを紹介されて戸惑ったのも無理はない。
ただ、あのことを伝えると動揺が大きいと思ったので、あえて伏せておいた。
そろそろ打ち明けるタイミングだろう。
「実は、まずいことになったんだ」
「まずいって、何のこと?」
「ミスコンの話なんだが……優勝してほしいと言ったことは覚えているか?」
「うん」
「でも、優勝が難しいかもしれない」
「……私が負けるとでも?」
おっと。プライドに触れてしまっただろうか。
俺の発言に、ムッとした表情を浮かべる氷室さん。
もちろん、君の魅力を疑っているわけじゃない。しかし、相手があまりにも強大すぎるのだ。
「――最上さんが出場するみたいでな」
「オワタ」
さっきのプライドはどこへやら。
ムスッとした表情から一転。絶望の負け顔を浮かべた氷室さんは、途端にしょぼくれてしまった。
「あんなドスケベの塊みたいな女の子にどう勝てって言うのよ……!」
「さやの前で下品なことを言わないでくれますか?」
「あ。ご、ごめんね? ちょっと、動揺しちゃって」
一方、さやちゃんは呆れたように肩をすくめていた。
その目は冷淡だ。氷室さんを呆れたようにジトっとした目で眺めている。
「勝負する前から諦めていたら、勝てるわけありませんね」
「ち、違うの。さーちゃん、聞いて? 相手はね、めちゃくちゃすごい子なのっ」
「知ってます。風子ちゃんは、あなたと比較できないほどかわいくて素敵な方です」
「うぐっ」
さやちゃんの容赦ない一言に、氷室さんは胸元をグッと抑えた。
クリティカルヒットしたらしい。しんどそうだが、事実なので俺からは擁護できなかった。
俺ならこのあたりで、氷室さんに気遣うのだが。
しかしさやちゃんは容赦しない。同性だからか、あるいはそもそも氷室さんに好意がないからか、遠慮なく発言していた。
「普通に勝負したら、万が一にも勝つ可能性はありません」
「ぐふっ」
「顔の造形は互角です。スタイルでもいい勝負です。たしかに風子ちゃんは胸が大きいですが、あなたは足が長いです。同性ウケはこちらにあります。さやも、あなたの皮と骨格は羨ましく思います」
「ほ、褒めるなら、もっと優しく……」
「でも、中身は月とスッポンさんくらい差があります。さやが男の子なら、間違いなく風子ちゃんを好きになります。それがなぜか分かりますか?」
「も、もうやめてぇ」
「あなたは人によって態度を変えすぎです。具体的に言うと、兄とそれ以外の人間に対して露骨なのです。自分に優しくしてくれない人間に興味が持てるわけありませんよね? それが雰囲気からにじみ出ています。だからさやは苦手なのです。お分かりですか?」
「…………うぅ」
「分かりませんよね。兄と同じような生き物のあなたに、分かるはずがありません。さやに媚びているのも、どうせ兄の好感度を上げたいからでしょう? さやに慕われると、兄が喜ぶと考えていますよね? そういう動機が不純で気に入らないのです」
「……サトキン、助けてっ」
白旗を上げている氷室さん。
さやちゃんにはぐうの音も出ないらしい。俺に対してはもうちょっと反論してくるのに。
やれやれ、仕方ない。
俺としては、さやちゃんの意見に大いに賛同している。
ただ、これ以上は氷室さんが立ち直れなくなりそうなので、仲裁に入っておくか。
さやちゃんもヒートアップしているようなので……ここは、空気を和ませるためにも。
「そういえば、サヤキンさんが今日は来るはずだったが」
「――あ!」
恐らくは、さやちゃんも忘れていたのだろう。
俺の一言を聞いて、さやちゃんはすかさずポケットからサングラスを取り出して装着した。
「せっかく持ってきたのに、頭から抜け落ちていました……ここからはサヤキンです。よろしくお願いします」
「さ、さやきん……???」
「お兄さまとお揃いです。本家も兄弟なので、こちらも対抗して兄妹として活動していきます」
いや。活動はミスコンまでなのだが。
とりあえず、真顔で氷室さんを責めるよりは、こっちのほうがコメディっぽくなるのでマシだろう。
「そういうわけで、サヤキンさんに協力を求めたんだ。最上さんに勝つには、俺だけの力じゃ足りない」
「任せてください。あなたのダメなところは無数に知っています。お兄さまは優しいので指摘できないところもあったと思います。しかしさやは手加減しません。スパルタでいくので、覚悟してください」
「……私、泣いちゃうかも」
「え? 何か言いましたか? 返事は『イエス』か『はい』しか許しませんが」
「は、はい!」
「いい返事です」
小学生相手に、氷室さんはずっと劣勢だった。
最上さんを相手にしたときもそうだったが、さやちゃんってやっぱり強いな。
さすが、主人公の妹である。唯一無二のキャラだった――。
お読みくださりありがとうございます!
もしよければ、ブックマークや評価をいただけると更新のモチベーションになります!
これからも執筆がんばります。どうぞよろしくお願いしますm(__)m




