第百六十五話 主人公の妹キャラに懐かれないヒロインに未来はない
――翌日。
「えっと……ここか」
学校から徒歩で二十分くらいだろうか。
そこが、真田家や氷室家のある地域だった。
(意外と近いな)
慣れたらもっと早く到着する距離だ。
真田はもしかしたら、家から近いと言う理由だけで高校を選んだのかもしれない。
……まぁ、さやちゃんが喫茶店に通えているのも、距離が遠くないからという理由もあるか。
ただ、俺の家とは逆方向である。中間地点がだいたい河川敷なので、氷室さんと会うにはちょうどいい場所だったのかもしれない。
なんてことを考えながら、待ち合わせに指定していたファミレスに入る。
遅刻はしていないが、いつもみたいに五分前行動はできなかった。初めての場所だったので、周囲を観察していたせいだろう。歩くペースが遅くて、時間ギリギリだ。
そして二人はもう、ファミレスに到着していたようで。
(……いや、なぜ二人とも別の席にいるんだ)
一応、近くにはいる。
通路を挟んで、隣同士の席にさやちゃんと氷室さんは座っていた。
うーん。顔合わせと言ったはずだが。
そして二人はご近所さんである。お互いの顔も分かるはずなのに、意図的に席を分けているのだろう。
さやちゃんもまだサングラスはかけていない。暇そうにスマホをいじっていた。
一方、氷室さんはさやちゃんのことが気になるのか。先程から挙動不審気味に、何度もそちらを見ている。
(氷室さん……昨日、さやちゃんのことは伝えたのになぁ)
事前に、さやちゃんに協力をお願いしていることも知らせてある。
だから、お姉さんの氷室さんがさやちゃんに気遣ってあげてほしいところだった。
(なるほど。気まずい関係、という感じか)
なんとなく、二人の関係性を理解したところで。
俺を案内しようとしていた店員さんに待ち合わせしていると伝えてから、二人のところに向かっていった。
もちろん、入店する前にサングラスはかけている。サトキンモードで近づくと、二人もようやく俺に気付いたらしい。
「あ。お兄さまっ」
「――お兄さまってなに!?」
さやちゃんが俺に気付いて、嬉しそうに笑顔を浮かべた。
その瞬間、氷室さんは信じられないと言わんばかりに声をあげてから、席を立ちあがった。
「な、なななんで、さーちゃんがあんたを『お兄さま』って呼んでるの!?」
……ふむ。なるほど。
氷室さんは普段、真田の前で不機嫌そうにしているさやちゃんしか知らないのか。
だから、俺に懐いているさやちゃんを見て驚愕しているのだろう。
一方、さやちゃんの方は動揺する氷室さんに対して、不満そうな表情を浮かべていた。
「あの、お兄さまに『あんた』はやめてもらえますか? 失礼な方ですね」
「え。ご、ごめんね……?」
「わたしにではなく、お兄さまに対して謝ってください」
「サトキン。ごめんなさい」
「……二人の力関係に戸惑ってるんだが」
圧倒的に、さやちゃんが上である。
氷室さんは小学生女児に対してへこへこしているというか、すごく気を遣っているように見えた。
「ちょ、ちょっと来て!」
「……さやちゃん、メニューを選んでてくれるか? 少しだけ、氷室さんをなだめてくる」
「はい、分かりました。まったく、高校生なのに仕方ない方ですね」
「さ、さーちゃん、ごめんね……?」
と、氷室さんがさやちゃんに謝った後。
俺を店の奥の方に引っ張ってから、耳元でこう囁いた。
「どういうこと!?」
「昨日も言っただろ? さやちゃんに協力をお願いした、って」
「それも驚いたけど! なんで『お兄さま』になってるのよ……!」
「それは俺にも分からん。気付いた時には兄として認定されていたからな」
「さ、さっくんのことも『お兄ちゃん』って呼んだことないのにっ」
「それは真田の不徳の致すところだ。あいつが兄らしいことをしないのが悪い」
「……それは、そっか。さっくん、妹に対する態度が気持ち悪いもんね」
そこは共通の認識なのか。
真田のシスコンぶりには、ヒロインたちも引いているのかもしれない。
基本的にあいつを全肯定するヒロインたちがこれなのだ。真田のさやちゃんに対する態度は相当ヤバイのである。
「……ど、どうやったわけ?」
「どう、とは」
「どうやって、あんなに仲良くなれたの? 私には、まったく懐いてくれないのにっ」
あ、分かった。
氷室さんはどうも、さやちゃんに対して過剰に気を遣っているなと思っていたのだが……そういうことか。
彼女は、大好きな真田の妹に好意的に思われたいのだろう。だから下手に出ている、というわけだ。
(うーん。仲良くなることは、難しいと思うな)
口にすると酷なので、心の中に留めておいたが。
そもそも、さやちゃんは真田が好きな人間を、好きになるわけがない。
だから、氷室さんの気持ちはどう足掻こうとさやちゃんに届くことはないと思う。
その上で、今回は協力関係を結んだわけだが。
(さやちゃんは、本当に氷室さんのために動いてくれるのだろうか)
そこだけが、少し不安だった――。
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