第十六話 モブヒロインは些細なきっかけで変わる
最上さんはしばらく何も言わなくなった。
鏡に映る自分の顔を見たまま、動かない。
ただ、そろそろ次の予約が迫っているみたいなので、彼女の手を引っ張るように俺が連れて行ってあげた。
「これが、わたし……」
「ああ、いい感じだろう? 前髪の長さは変えないというオーダーを守った上で、いい感じに仕上げたんだ。いやぁ、やっぱり最高の素材だよ。こういう傑作を見られるのは月に一度もないから気分がいいね」
自分の客を作品のように見ていいのだろうか。
お姉さんはすごく上機嫌だ。こちらこそ、良い仕事をしてくれて感謝である。
「じゃあ、支払いをお願いします」
「ん? 彼氏君が出すのかい?」
「はい。俺が連れて来たんで」
「ふふ。青春だねぇ……学割が使えるから学生証とか見せてもらえる? 値切りしてあげよう」
と、そんなやり取りを経て、代金を渡した。
人気美容室ということだけあって、値段はちゃんと高い。俺の一ヵ月のお小遣いが吹き飛ぶ値段だ。まぁ、俺が最上さんにできることは数少ないので、これくらい大したことない。
ちょうどいい具合に、最上さんも呆けていて値段の話は聞いていなかった。
きっと聞いたら気にしていたと思うので、ここは何も言わずに店を出た。
「…………」
まだ、最上さんは呆然としている。
俺に手を引っ張られてようやく前に進んでいる状態だ。
急な変化に精神が追い付いていないのかもしれない。
でも、時間が経ったら馴染んでいくだろう。そう期待していたのだが……駅ビルを歩いている最中に、ふと気付いた。
(あれ? なんか、視線が多いな)
俺に、ではない。
最上さんを見る目が、多い。
特に男性からの視線が集まっていた。
やっぱり、髪型を変えた効果は大きい。最上さんの清楚な魅力に、みんな目を奪われている。
決して、悪い注目を集めているわけじゃない。
しかし……最上さんは、まだそのことに慣れていないわけで。
「あ、あの、佐藤君……すごく、見られてないかな」
なんだか怯えた表情で、俺の腕をそっと握ってきた。
服の裾をつまんでいるその姿を見て、ついニヤケそうになる。
髪型が変わっても、俺としては……最上さんのこういう仕草が好きだ。
まぁ、こんな顔を見せると気持ち悪がられると思うので、ぐっとこらえておいて。
「見られてるぞ。だって、最上さんがかわいくなったからな」
「か、かわいく……」
かわいくなんてない。
今までなら、そう否定してきたかもしれない。
だが、もう彼女自身も自分を疑えなくなりつつある。
先ほど、鏡に映った美少女を見たのなら、自分の容姿を否定するのは難しいだろう。
さて、我を取り戻したようなので、そろそろ引っ張るのは終わろうかな。
そう思って、さりげなく離そうとしたのだが。
「――まさか、こんなに変わるなんて夢にも思ってなかった」
最上さんはそう呟いてから、俺の腕をしっかりとつかんできた。
先ほどのような、遠慮がちにではない。離したくないと言わんばかりに、肘付近をちゃんと握ったのである。
「佐藤君って、すごいね」
そしてなぜか、俺を褒めてきた。
いやいや。君が可愛くなったのは、俺の功績ではないぞ。
最上さんが元々持ち合わせている実力なのに。
「俺じゃなくて君がすごいんだよ。俺は何もしてないぞ」
「ううん、何もしてないわけないよ。だってわたしは、佐藤君の言う通りにしているだけだもん」
別に俺は、大層なことをやったわけじゃない。
ただ、小さなきっかけを与えただけだ。
そのきっかけを活かしているのは、まぎれもなく最上さん自身が持つ潜在力のおかげである。
(些細なきっかけで、ここまで変わる。やっぱり、俺の目に狂いはなかった)
人を見る目には自信がある
だから、最上さんが魅力的な人間であることにも気付くことができた。
これからはもう、無視されるような存在ではない。
他のメインヒロインとも戦える。そんな美少女に生まれ変わったのだから――。
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