第百六十話 弟子としてのプライド
まずいことになった。
最上さんが、反抗期だ。
まさか、あの子がミスコンに出ることを決意するなんて。
しかも動機がまたややこしい。承認欲求とか、友達に言われたからとか、そういうありふれた理由ではない
俺が氷室さんを一番にしようとしたこと。
それがムカつくから、自分が『俺にとっての一番』であることを証明したいらしい。
初めて、彼女が真っ向から対峙してきた気がする。
盲目的なまでに、俺の言葉を信頼してくれていた。危うさこそあったが、それはそれで嬉しかった。
スカートを短くしてと言ったら、短くしてくれた。
バニーガールの衣装が見たいと言えば見せてくれた。
どんな要求でも、多少強引にお願いしたら、なんだかんだいつも許してくれた。
そんな最上さんが、今回ばかりは俺の行動を否定した……それくらい、彼女には思うところがあったのだろう。
裏切られた、とまではいかないかもしれない。ただ、それに近い感情は抱いているように見える。
もちろん、俺の行動が自己欲求を満たすためのものではないことは、彼女も分かってくれている。
だから、怒っているわけじゃない。論理の部分では理解してくれている。だが、感情の部分で納得できていないからこそ、ささやかながらの反骨心が生まれたのかもしれない。
さて、困った。
俺の手引きによって覚醒したバケモノ級のヒロインが、敵に回ったのである。
どう対抗していいか分からない。
だから、思わず彼女に相談してしまった。
「――さやにアドバイスを求めるほど、追い詰められているのですね」
いつもの喫茶店で。
今日はパフェを食べながら、さやちゃんはやれやれと言わんばかりの表情を浮かべていた。
年下だが、態度が落ち着いているせいだろうか。さやちゃんには、油断するとこうやって思いを吐露してしまうんだよなぁ。
「ごめん。正直、俺も動揺してて」
「風子ちゃんは従順そうですから、反抗されて戸惑うのも無理はありません。飼い犬に手をかまれちゃいましたね」
「噛む、とは違うと思うけど」
「それでは、はむはむと甘噛みされたということで」
かわいい表現を使っても、意味はさほど変わっていない気がする。
別に最上さんのことは飼い犬とは思っていない。ただ、予想外のところから意表を突かれた、という意味では当たっているか。
「さやは風子ちゃんの気持ちが分かります」
「……やっぱり、俺の行動って間違えてたのかな」
「いいえ。正しいとは思いますが、単純にムカつきます。さやに内緒で、よそで違う女児を妹にしていたらやっぱり腹立たしいです。たとえ、さやのお友達候補として選定した、という動機でも納得はできませんね。お気持ちは嬉しいですが、さやの他に妹がいたと考えたら、さやは拗ねてお兄さまのご家族にあいさつに行きます」
拗ねた末の行動があいさつでいいのか、という是非はさておき。
でも、俺にとっては意外とダメージは大きいか。両親は驚くだろうなぁ……高校生男子が、小学生女児に『お兄さま』と呼ばれていたら、二人とも俺を変な目で見そうである。穏やかな両親なので、あまり驚かせたくないのだが。
「風子ちゃんにとって、お兄さまはかけがえのない『お師匠様』なのでしょう。それなのに、風子ちゃんではない女の子を指導なんてしていたのですから、拗ねてしまうのも無理はありません」
「そ、そうだったのか」
俺には到達できない結論を聞いて、少し面食らっていた。
そうか。立ち位置の唯一性、というのも最上さんは大切にしていたんだ。
「弟子としてのプライド、だと思います。風子ちゃんこそが、お兄さまにとって一番の教え子でありたいのかもしれませんね」
「……なるほど」
最上さんの気持ちは理解した。
でも、その上で――俺は、やっぱりこの関係性のままでいることに、微かな懸念もある。
(師弟ではなく、対等でいたいな)
これが、俺と最上さんの間にある溝でもあるのか。
明確な上下関係を構築することに、危機感がある。
だから……そういう意味で、今回の反抗は良い兆候だとも認識することはできそうだ。
(師匠離れする機会かもしれない。あと……弟子離れもである、か)
俺も、最上さんも、この関係性に甘えてきた部分はある。
ただし、これが恋愛関係に発展するには、膨大な時間が必要だ。
数年も経てば、少しずつお互いの接し方も変わってくるかもしれない。
でも、そんなに待っていられない。できればもっと早く、対等な関係性を作りたい。
だから、俺も……真っ向から、立ち向かおう。
そして最上さんに、弟子ではなく恋人になってほしいと、そう伝えたかった――
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