第百五十九話 わたしは、あなたの育てた最高傑作だから
そろそろ、最上さんの家も近い。
時刻もすっかり遅くなって、二十時に近かった。最上さんのご両親を心配させないためにも、早く帰宅した方がいいだろう。
しかし、最上さんのペースが未だに遅い。
家に近づくにつれて、歩幅が小さくなっている。
これが意味することは、つまり。
(まだ、気がかりがある……ということだろうな)
一応、俺の意図や目的は把握してくれた。
その上で思うところがあるのだろう。それがなかなか切り出せていないように見えた。
……我慢させてしまうと、後々に大きな禍根となることがある。
愚痴や不満を伝えずに我慢すると、自分の中で膨れ上がってやがて爆発する。これを反芻思考というらしい。
最上さんとは、これからも良好な関係のままでいたい。
なので、単刀直入に……俺の方から、問いかけた。
「最上さん。俺に、何か言いたいことはないか?」
「言いたいことって……」
「なんでもいいぞ。俺は怒ることもないし、君を嫌いになることもない。むしろ、氷室さんとの件は俺が暴走した面もある。今後のためにも、今のうちに最上さんの不満はちゃんと聞いておきたい」
言い方に気を付けた。
彼女の意思決定を『俺のため』にしてあげることが大事だ。
最上さんは自分のために行動することをためらうタイプなので、行動の動機を『佐藤悟』にすることで、言いやすくなるだろう。
その予想通り、最上さんはすぐに返答してくれた。
今までの、奥歯にものが挟まっていたかのような態度はなくなって、ハッキリと伝えてくれたのである。
「不満とか、そういう感情はないよ。ただ、えっと……少し、悔しかっただけ」
「悔しいとは?」
「――氷室さんに、ミスコンで優勝してほしいんだよね?」
「それは、そうだが。これが悔しいのか?」
「わたしには、出なくて良いって言ってたのに」
「最上さんが乗り気じゃなかったからな。あと、出場する意味も薄いかと思ったんだが」
「……わたし以外の女の子を応援する佐藤君が、ちょっとだけムカつくの」
む、ムカつく!?
最上さんに、初めてそんな言葉を浴びせられた気がする。
彼女はいつだって俺に肯定的だった。
しかし、今回はやっぱり思うところがあるらしい。
「佐藤君の気持ちは分かってるよ。氷室さんが好きというわけではないことも、わたしのためにがんばってくれていたことも、全部分かってるの。その上で、ちょっとだけわたしは拗ねてます」
「ご、ごめん」
「――わたしは、他の男子になんて興味ないよ。学校で一番の美少女とか、そういうことはどうでもいい。ミスコンに出たくないのは、本当だよ」
俺の行動には納得して、理解してくれている。
ただし、論理と感情は別だ。
諸々を把握した上で、最上さんはちゃんと拗ねていたのだ。
「でも、わたしは――あなたの一番でいたい。氷室さんにも、負けたくない」
行動の是非ではない。
最上さんは、俺が他の女子を一番にしようとしていることを、感情的に許せないと言いたいらしい。
いつも奥手で、大人しい彼女にしては珍しい言動だった。
こんなに感情がむき出しになっている最上さんを、初めて見た。
「……うん、決めた」
戸惑う俺を見て、最上さんは何かを決意したように強く頷いた。
俺をまっすぐ見つめるその視線は微動だにしない。こちらが視線をそらしたくなるような、意志の強さを感じる。
(これは、まずい……)
嫌な予感がする。
脇役という小者だからこそ分かる。今の最上さんからは、強者の圧を感じる。
俺はもしかしたら、虎の尾を踏んでしまったのかもしれない。
最上さんのスイッチを、入れてしまったみたいだ。
「――わたし、出る」
「……いや、それはっ」
「ううん。佐藤君が何と言っても、出るね。ミスコンに出て……佐藤君の一番が誰なのか、証明する」
まさか、こんな展開になるなんて。
味方だと思っていた強者が、今回は敵になる。
バトル漫画だったら熱い展開だ。
でも、ラブコメにおいては……少し、困ってしまう流れになっていた。
「氷室さんには負けない。だってわたしは、あなたが育ててくれた最高傑作なんだもん」
ああ。そうだ。
君は、俺が育てた一番の逸材だ。
だから出場してほしくなかったんだ。
この子が相手なら、氷室さんがミスコンで優勝する確率は、限りなく低いのだから――。
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