第百五十七話 最上さんがいい子すぎる件
氷室さんとの密会を、最上さんに見られてしまった。
どうして彼女と遭遇したのか。湾内さんの関与もある気がしてならないのだが、とにかく今は最上さんに理解してもらう方が優先である。
「――と、いうわけなんだ」
氷室さんに真田の恋人になってほしいこと。
最上さんが真田に執着されていることが不安なこと。
真田の気を引くためにSNSでの発信などを試していたこと。
氷室さんに正体を隠すために変装をしていたこと。
などなど。
経緯や目的など、しっかりと言語にした。
「だから……俺は、氷室さんに下心があって近づいているわけじゃない」
長い長い説明の果てに。
結局、一番に伝えたい事実はこれだ。
「前に、学校の屋上で告白した通りだ。俺の気持ちは、今も変わらない」
――俺が好きなのは、最上さんだけ。
その気持ちが、伝わるだろうか。
最上さんは今、きっと不安になっている。
俺と氷室さんが一緒にいたことに、ショックを受けている。
浮気された……とまでは思っていないかもしれない。
ただ、裏切られたとは感じているだろう。
俺は真田みたいに鈍感ではない。
最上さんの気持ちは、なんとなく伝わっていた。
(もうこれ以上は、言い訳にしかならないな)
言葉は尽くした。
余計な発言は不要だろう。後は、最上さんに判断をゆだねるほかない。
「…………」
彼女はずっと無言だった。
静かに俺の言葉に耳を傾けていたので、今どんな感情なのかは分からない。
薄暗いからなのか、あるいは月が雲に隠れたせいなのか……目も前髪に隠れてしまっているので、見えなくなっていた。
それがさらに、不安をかきたてる。
もしここで、彼女が俺への信頼感を失ったらどうなるんだろう。
……そんな仮定は、想定すらしたくない。
答えは分かり切っている。最上さんに評価されない俺に、価値など存在しない。きっと、誰にも知られることなく表舞台から消えていく。
最上さんを守ることはおろか、そばで見守ることもできなくなるだろう。
そう考えると、やっぱり――心が痛くなって、ついもう一言だけ、言葉が零れた。
「ごめん。最上さんを、傷つけて」
少し、言葉がかすれた。
口の中が乾いているせいだろう。それくらい、緊張している。
とにかく、不安で仕方ない……その時だった。
「――佐藤君」
ようやく。最上さんが口を開いた。
重々しい声音だったので、更に緊張感が強くなる。
これは、もうダメかもしれない。
関係性の破綻を感じさせるシリアスな雰囲気に、悪い未来を覚悟した。
きっと、彼女は傷ついている。
だから次の一言は、俺と彼女を決裂させるものになるかもしれない。
そう思って、固唾を飲んで彼女の言葉を待った。
――待っていた、のに。
「……わたしを、ゆるしてっ」
「え」
なぜ。
悪いのは、俺だったはずなのだが。
「ご、ごめんなさいだなんて、そんなっ。佐藤君はわたしのために頑張ってくれてたのに、ちょっとだけ疑っちゃったの……こんなわたしを、許してください」
あれ?
そ、そうなる?
どうやら俺は、最上さんの思考回路を理解できていなかったらしい。
間違いなく俺が悪いのに、彼女はどうやら――自分を責めていたようだ。
「き、嫌いにならないで? 怖い顔しないで……うぅ、そうだったんだね。佐藤君は、ずっと頑張ってくれてたんだね。わたしに内緒で……あ、ありがとう。あと、ごめんなさい。わたし、全然気づかなくてっ」
俺も不安だった。
当然、最上さんも不安に思っていただろう。
ただしその不安は、俺に裏切られたのではないか――という被害者的な立ち位置の感情だと予想していた。
しかし、最上さんの不安は別のベクトルを向いている。
俺を疑ったことの自省と、それにより俺の信頼を損ねたかもしれないということに対して、不安を感じているみたいだ。
「氷室さんを、好きになったのかなって……わたしが、告白から逃げちゃったから、呆れちゃったのかと思ったら、嫌われたと思っちゃったの。ごめんなさい――き、嫌いにならないでくれると、嬉しい……ですっ」
い、いやいや!
嫌いになるだなんて、それはありえない。
むしろ俺が嫌われたと思っていたくらいなのに。
本当に、最上さんは……相変わらず、いい子すぎる。
自分が被害者になってなお、俺の気持ちに寄り添おうとしていた。
と、とりあえず、嫌われたわけではないようなので……そのことに、安堵するのだった――。
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