第百五十六話 全てがうまくいくなんて思わない方がいい
「じゃあ、帰るね」
「分かった。また今度」
日が沈んだタイミングで、氷室さんとは別れた。
彼女は夜でも平気なタイプみたいで、足早にさっさと歩いている。湾内さんは夜道を怖がっていたが……まぁ、あの子は怖がりなだけか。口だけの女の子なので、氷室さんを湾内さんと同じように考えるのは失礼だ。
(さて、俺の役割は終わりだな)
氷室さんの背中を見送って、小さく息をついた。
これ以上はもうやることがない。氷室さんならミスコンに出ても勝手に優勝するだろう。俺にできることはせいぜい、彼女の活躍を見守ることくらいだ。
結局、あまり大きな力になることはできなかったなぁ。
少しだけ背中を押すことはできたかもしれない。しかし、残念ながら俺の力が足りなくて、思うように流れを制御できなかった。
脇役の限界値なのだろう。
今の時点でさえ、かなり無理をしてメインキャラ達に介入しているのだ。
そろそろ役目を終えて、元の立ち位置に戻されてもおかしくない。
もちろん、俺としてはそれで良いと思っている。
転生前から俺は主役ではなかった。でも、だからといって人生はそこそこ幸せだったし、楽しかった。
この世界でも、考え方は変わらない。
誰にも認知されず、物語の片隅でひっそりと生きていく。そういう人生がお似合いだろうな、と。
そんなことを考えながら、振り向いた――その時だった。
「……っ」
そこには、人がいた。
少女だ。身長は低めだが、胸は大きい。前髪は長めで、目を覆っている。
月光を淡く反射する艶のある黒髪は、とても綺麗で。
そして、夜風に揺れる前髪の隙間から覗く空色の綺麗な瞳に、目を奪われた。
つい、見惚れた。
だが、言葉が出なかったのは、彼女の美しさのせいではない。
なぜここに、いるのだろうか。
「――佐藤君」
サングラスをかけていても、髪の毛をオールバックにしていても、彼女にはお見通しらしい。
名を呼ばれて、心臓が跳ねた。
このタイミングで、出会うなんて夢にも思っていなかったから。
「なんで……氷室さんと一緒にいたの?」
そして、言い逃れができないことも、同時に理解した。
恐らく、彼女は一部始終を見ていたのだろう。もしかしたら、少し前から俺の存在に気付いていて、様子を見ていたのかもしれない。
夜の帳に隠れていたせいだろうか。
あるいは、元モブキャラという性質のせいで、存在感を消す術を持っていたのか。
いずれにしても、気付かなかった。
「最上さん……なんで、ここに?」
「美鈴ちゃんと、遊びに行ってたの。少し遅くなったけど、その帰りで……」
「――湾内さん、か」
あの小娘が関与している?
だとしたら、クソ……失敗だ。もっと警戒するべきだった。
そういえば、あの子は俺と氷室さんの関係を知っている。
その上で、今日の放課後にこう言っていた。『覚えてなさいよ!』『後悔させてやるんだからね!』と。
早速、仕掛けてきたのかもしれない。
あの小娘のせいで、俺と氷室さんの関係性が最上さんにバレてしまった。直接的ではないが、湾内さんが意図的に最上さんをこの場に送り込んだ可能性が高い。
(気付かれないで全て終われば、何事もなくうまくいったのに……っ)
もちろん、俺に他意はない。
ただ、最上さんの目線では、決してそう見えないだろう。
俺が、異性と二人きりで、夜まで何かをしていた。
その事実で、彼女は動揺しているように見えた。
「わ、わたし、あのっ。見ない方が、良かったの……かな」
「――初めに言っておくぞ。俺と氷室さんの関係は、君が思っているようなものではない」
隠すことはもうできない。
前髪の隙間から見える彼女の目に、涙が浮かんでいるように見えた。
だから、率直に打ち明けるしかないと判断した。
「実は、真田と氷室さんの関係を復縁させたくて――」
なぜ、俺が氷室さんと密会を重ねていたのか。
なぜ、最上さんにこの件について内緒にしていたのか。
なぜ、このような手段をとるに至ったのか。
そのことを、懇切丁寧に説明した。
……分かってくれるだろうか。
最上さんのための行動だったが、彼女はこれをどう認識するのか。
分からなかった。
俺の気持ちが、ちゃんと伝わるのか。
彼女の暗い表情を見ていると……不安で、仕方なかった――。
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