第百五十五話 当初の『完結』予定?
川に飛び込もうとしていた氷室さんをどうにかなだめた後。
彼女は土手に膝を抱えて座っていた。その目はどこか遠くを見ている。
「……なんでさっくんが私の裏垢を見てたんだろうね」
「執念だろうな。男子高校生は好奇心旺盛だから」
「好奇心じゃなくて、スケベ心でしょ」
「そうとも言える」
無数とも言える数の人間がいるネットの世界から、アイスちゃん♪を見つけ出す確率はほとんどゼロに近いはずだった。
しかし、真田はすごい。
見えないほどに細い糸を手繰り寄せて、幼馴染の裏垢を見つけ出したのである。
「はぁ……さっくん、私がアイスちゃん♪だと知ったら、どう思うんだろうなぁ。き、嫌われたりしたら、どうしよっ」
「それはありえないな。喜ぶに決まってる」
「でも、裏垢女子って不特定多数には人気だけど、知り合いがもしそうだったら……嫌にならないの?」
「どうだろうな。人によると思うが――ただ、君が思っている以上に、意外とそういうことに理解のある人間は多いぞ」
朗報なのか、悲報なのかは、よく分からないが。
男性という生き物は、どうしようもない性質を持っているわけで。
「だって、エッチな女の子を嫌いな男子は少ないからな」
貞操が緩い、という点はネガティブな印象を受ける人間も多い。ただ、その論点で考えると裏垢女子は難しい。スケベな自撮りを見せてくれるだけなので、貞操が緩いとも言い難いのだ。
単純にエッチなだけだったら、むしろ好まれる傾向があるように思える。
もちろん、俺の考えに当てはまらない男性も多いだろうが。
真田に限って言うと……間違いなく、裏垢女子が大好きなタイプであることは明白だった。
「最低」
「君の大好きな幼馴染は、そういう男だぞ。知らなかったのか?」
「……ううん。知ってた」
氷室さんですら、意外とその一面には理解がある。
「さっくんは、本当に仕方ない男の子だからね」
だからこそ、諦観めいた表情を浮かべているのだろう。
ダメな部分もちゃんと理解している。真田の良いところも悪いところも見た上で、あいつを好きなのだ。
その感情を、俺は否定しない。
真田を白馬の王子様のように考えず、低俗な一面も含めて好意を寄せている。
その恋心は、まぎれもない『本物』だと思った。
「――あと少しだな」
「少しって、何が?」
「真田に振り向いてもらえるまで、あと一押しという意味だ」
「そうなの? 私は、そう思えないけど……最近、さっくんがあまり構ってくれないし、一押しでは足りなくない?」
「それすらも、追い風だと俺は感じるな」
逆境だ。流れはもう、氷室さんにはないように見える。
しかし、だからこそ――君はより一層、強くなっていく。
どんな苦境でも抗う不屈の闘志。
それが、勝機を手繰り寄せる。
「知ってるか? そろそろ、ミスコンがあるらしい」
「そういえば、もうそういう季節だね」
「氷室さんには優勝してもらうわけだが」
「え。ちょっと待って、なんで出場が決まってるの!?」
「真田のためだ。出てくれ」
最上さんは引き留めたが、氷室さんはむしろ逆。
強制的にでも、出場してもらう。
「この学園で一番の美女になれるチャンスだぞ。ここを逃さない手はない。真田だって、学園で一番の美女の方が嬉しいに決まってる」
「それは、そうかもしれないけど……」
「そして、優勝した後に『アイスちゃん♪』の正体が自分だと打ち明けて、それからアカウントを消してこう告白すればいい。『さっくんに振り向いてもらえなくて、寂しかっただけ』ってな。これで完璧だ」
分かりやすい舞台演出だ。
数万のフォロワーに認められるよりも、真田一人に認めてもらいたい。その意思表示で、アカウントを消す。そうすることで、真田の心も揺れ動く。
自分のためにここまでやってくれる女の子を、無視できる男なんていない。
真田だって、きっとそうだ。
「道筋はもう見えている。あとは、氷室さんの意思次第だ」
「……ここまできたら、やるに決まってるでしょ」
プライドを捨てて、裏垢女子となった。ここでひよっては、今までの努力の意味がなくなる。
今更、やらないという選択肢は初めから存在していない。
「ミスコンに、出場する。優勝してから、この裏垢ともさよならする!」
「その意気だ」
覚悟はもう、できている。
正ヒロインの復権は、プロットで定められているかのように綺麗にまとまりかけている。
これで、ようやく……氷室さんの思いは報われるだろう。
そして、最上さんも解放される。氷室さんが真田の恋人になってくれれば、あいつの手綱をしっかり握ってくれることだろう。
これで晴れて、最上さんは自由の身だ。
彼女が不幸になる結末は、訪れないだろう。
(これが、本当の『完結』だったのかもしれないな)
なんだかんだあったが、正ヒロインが主人公と結ばれて、物語が終わる。
それが綺麗な流れだなと、ふと思った。
仮に、この『もうラブコメなんてこりごりだ(泣)』が打ち切りにならなかった場合。
もしかしたら、こんな結末が当初に予定されていたものだったのかもしれない――。
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