第十五話 モブヒロインは覚醒する
髪を切る前は、もさっとしたロングヘアだった。
前髪も長く、目がほとんど見えないほどの毛量があって……別に、そんなモブ子ちゃんのことを俺は好きだったのだが――しかしそれでも、今の方が良いと言わざるを得ないだろう。
「うん。傑作だ……やっぱり私は天才だね」
美容師のお姉さんも自画自賛している。
鏡に映る最上さんを見て、満足そうに大きく頷いていた。
一方、最上さんはと言えば――
「こ、怖くて目が開けられませんっ」
たしか、前髪を整えている最中くらいからだった気がする。
彼女はギュッと目を閉じて、それ以降は鏡を一切見なくなったのだ。
だから、最上さんはまだ見ていない。
そこに美少女がいることに、気付いていない。
「ふふっ。うぶな反応でお姉さんまで若返りそうだ……ほら、彼氏君の出番だ。後は任せたよ」
そう言って、お姉さんは席を離れる。
目を頑なに開けようとしない最上さんは、俺に託すようだ。
「最上さん。大丈夫だ、目を開けてくれ」
「で、でもっ。髪の毛がすっごく軽くて……わたしの顔がハッキリ見えていそうなのが、すごく怖いの」
以前は、やっぱりそういう臆病な心理状態でもあったのだろう。
それが髪型にも影響していたのかもしれない。
ちょっと前まで、ジャージを脱ごうとしなかったことと一緒だ。
髪の毛もまた、彼女にとって防御壁。他者と己を隔絶して、少しでも視線を遮ろうとして……結果、誰にも認知されることのない、モブヒロインになっていた。
でも、これからは違う。
これは断言できる。今日、この日――最上さんは、生まれ変わった。
「……佐藤君、どう?」
「似合っているよ。間違いない」
「本当に?」
「もちろん。もともと、最上さんのことはかわいいと思っているけど……更に、かわいさが積み上がっている。それは間違いないから安心してくれ」
安心させるように、ハッキリと。
それでいて、気持ちが伝わるように、本音を。
「俺が大好きな髪形だ。他の人がどう思うかは知らないが、少なくとも俺はかなり気に入っているな」
まぁ、別に前の髪型も好きだったが。
俺はそもそも、この子に不足があるとは考えていない。
ただ、悔しながら認めるほかないだろう。
今の方が、万人が認めるような髪型になっていることを。
「……えへへ。そっか、佐藤君が大好きなんだ」
俺の言葉で、彼女の不安感も少しは軽くなってくれたのかもしれない。
怯えていたような表情が、急に柔らかくなった。
「ありがとう。そう言ってくれて、安心した――ちゃんと、見てみるね」
そして彼女は、目を開けて鏡に映った新しい自分を見た。
その瞬間――彼女は、ポカンと口を開いた。
「だ、だれ?」
あまりにも印象が変わったからだろう。
自分のことを、まだ認識できていないようだ。
それも無理はない。
腰まで届いていた後ろ髪が首くらいまでの長さになった。更に、枝毛も多くてもっさりとした印象だったが、髪の毛を梳いてかなり軽くなっている。ふわっとした丸みを帯びたその髪型は、ボブカットに分類されるのだと、カット中にお姉さんが教えてくれた。
ハサミを入れただけなのに、艶質まで大きく変わった気がするのはなぜなのだろうか。光を吸収していたような真っ黒の髪の毛が、今は光を淡く反射しているようにすら感じる。
そして、何より。
大きな変化は、前髪だ。
長さは、目元の少し下。
ちゃんと隠れるくらいの位置にはある。しかし、隙間が多いと言うか、毛量が軽い。おかげで、前と比較すると目が見えやすい。おかげで空色の瞳が少し動くたびにチラッとと見えるのだ。
メカクレ属性は消えていない。
その上で、表情が見えやすくなったと言えるだろう。
「こ、ここここれがわたし!?」
そんな自分を、未だに彼女は信じられないのか。
びっくりした顔で、自分の顔をペチペチと叩いている。もしかして、夢だと思っているのかな?
いずれにしても、現実をちゃんと受け止めてくれ。
君はもう、一部に人気があるだけのモブ子ちゃんじゃない。
誰もが認めるような、美少女になったのだから――。
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