第百五十四話 嫌々で裏垢女子やっている方が、イイ!
――だいたい、一週間ぶりだろうか。
夕暮れの河川敷に到着して、すぐに俺はサングラスをかけた。前髪もオールバックにして、いくばくかの変装をした後、土手を降りていく。
川沿いにはもう、彼女が待機していた。
今日も到着が早い。いつもはスマホをいじっているか、川面に小石を投げているかしているのだが、今日は腕を組んで川をジッと眺めて黄昏ていた。
(……デザインは、相変わらず素晴らしいな)
夕日が反射して、銀髪が今は黄金色に輝いている。
横顔しか見えないが、本当に綺麗な造形だった。しばらく見ていられるほどに完成されている。
しかし、その完璧さは無機質さも内包しているわけで。
彫刻のような美しさ、という形容が相応しいと感じるのも、一長一短だ。
その完璧さが、逆に近寄り難さを演出してしまっているのが、氷室さんが足踏みしている要因の一つである。
ただし、それは……少し前までの話である。
もう、彼女は完璧すぎるだけのヒロインではない。
「――アイスちゃん♪」
「そ、その名前で呼ばないで……っ」
夕日が眩しくても分かるくらいに顔を真っ赤にした彼女は、へにゃへにゃとしゃがみこんだ。
さっきまでのクールな横顔から一転。恥辱に悶える姿は、人間的な魅力にあふれている。
「あれは私じゃない。あれは私じゃない。あれは私じゃない……!」
「まぁまぁ、落ち着け。承認欲求が爆発したっていい。人間なんだから、誰かに見られたいと思う気持ちは当然だ」
「――そういうわけじゃないのにっ」
顔を両手で覆っているのは、見られたくないという心理によるものだろう。
それくらい、アイスちゃん♪としての裏垢活動は、彼女にとって恥ずかしいみたいだ。
……うむ、良いな。
(ノリノリでやっているより、恥ずかしがりながらやっていた方がイイ)
嫌々、とか。
仕方なく、とか。
そういう方がむしろたまらない、と感じるのが人間の性質だ。
やっぱり、インフルエンサーになるより裏垢女子の方が属性として魅力的だな。
氷室さんにとっては大きな弱点になっているかもしれない。しかし、その一つの隙があるおかげで、親しみやすさが一気に出てきた。
前までの近寄り難さが緩和しているのは、きっとそのおかげだろう。
「それで、調子はどうだ?」
「最悪。消えてなくなりたい気分かな」
「いや、君の調子じゃなくて。裏垢の方だ」
「……そっちは絶好調だけど、何よ。文句でもあるの? これを脅迫のネタにして……っ~!」
「安心しろ。俺は別に、からかったりしない」
刺々しくなる気持ちも分かるが。
そもそも、俺がきっかけで発足した裏垢なのだ。脅迫のネタにもしないので安心してほしい。
……もちろん、そのつもりはないのだが。
ふと、思った。
「そうか。俺が脅迫したら、氷室さんは抵抗できないな」
「え。ちょ、ダメだから。まさか、サトキンってそういうやつだったの……!?」
「違う。客観的に見て、君が警戒するのも無理はないなと思ってな」
そして、だからこそ……氷室さんは、魅力を増していく。
人間とは不思議だ。欠点や弱点があることが、逆に親しみやすさを感じさせる。
もう、彼女は誰にも愛されないようなヒロインではない。
その証拠に、裏垢の方も絶好調らしい。
「ちなみに、裏垢のフォロワー数はどれくらいだ?」
「……八万くらい」
「すごいな。そこまでいくと、通報が増えてそろそろBANされそうだが」
「いっそのこと、そうしてもらった方が嬉しい……」
ほら、この通り。
もう彼女は無名のヒロインではない。
不特定多数からも魅力的だと思われる、完全な裏垢女子に変貌している。
表では優等生なクール美人。
しかし、裏では承認欲求が爆発している裏垢女子でもある。
その二面性とギャップが、ヒロインの魅力となる。
あ、思い出した。氷室さんにあの事も伝えておくか。
「そういえば、真田が君の裏垢を見てたぞ」
「……え? ご、ごめんね。今、意味不明な言葉が聞こえたんだけど、どういうこと?」
「だから、真田が氷室さんの裏垢を見て興奮してたんだって」
「――しぬ。わたし、しぬ!!」
そう言って、氷室さんは突然立ち上がったかと思ったら、川に向かって歩き出した。
あ、まずい。この子、恥ずかしさのあまり川に沈もうとしている……!
「早まるな! 別にいいだろ、大好きな幼馴染がちょっと興奮してるくらい、むしろ嬉しくないのか!?」
「う、嬉しいとか、そう思っちゃった自分がもう耐えられないっ。こんなの私じゃない……!」
後ろから羽交い絞めにして、ようやく氷室さんは足を止めた。
その顔も、耳も、それから首元も、真っ白い肌が全て真っ赤になっていた――。
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