第百五十一話 お前を傷つけるためならあたしは穢れたっていい
「おい佐藤! 佐藤はいる? ねぇ、佐藤って知ってる? え、知らないんだ。ふーん、佐藤……って誰だっけ?」
放課後のことだった。
帰宅前にお手洗いに行って、戻ってくると湾内さんが俺の教室にいた。
その隣には、今日も愛らしい最上さんがいる。
「風子、聞いて。みんな佐藤なんて人間を知らないんだって……もしかして、佐藤って人間は幻だったんじゃない?」
「そ、そんなことないよっ」
「でも、言われてみたら確かに、佐藤ってどんな顔か思い出せなくない?」
「――散々な言いようだな」
俺の存在感が薄いのは、俺自身の問題である。
あと、クラスメイトに迷惑をかけるな。佐藤が誰なのか分かる人間がいるわけないだろ。生粋の脇役なんだからな。
「あ! 美鈴ちゃん、ほら! 佐藤君だよっ。あれが佐藤君なの!!」
「……さとう?」
湾内さんが悪ノリしている。俺のことを本当に知らないみたいなリアクションをしていた。
まるで、最上さんしか認識できない系の存在である。こういうラブコメも好きだが、俺はちゃんと実在しているので、認識阻害系の方向にもっていくのは厳しいだろう。
「さとう……さとう? うーん、たしかにそんな人間がいたような気がする」
「最上さん。そこのクソガキは放っておいて、帰ろう」
「い、いいのかな……」
「記憶もないみたいだからいいだろ。飽きたら思い出すだろうし」
「――ちゃんと構って!!」
舌の根も乾かないうちに飽きたらしい。
俺が無視しようとしたら、それが気に食わないと言わんばかりに背中にぶつかってきた。倒れそうになるのでやめてほしい。
あと、後ろから抱きつくな。お腹に触れている手が腹筋付近を撫でるように動いていて、くすぐったい。
「最上さん、助けてくれ。俺は今、セクハラされている」
「ちょ、ちょっと、ダメだよ! 美鈴ちゃん、佐藤君はダメっ」
「はー? あたしはセクハラしてません~。佐藤の方がセクハラしてます~。風子、聞いてよ。今、佐藤は背中であたしの胸を感じて喜んでいるからね?」
「……む、ね?」
不思議なことを言うな、このメスガキは。
背中にはあばら骨の感触しかない。胸だなんて過大評価を使わないでほしいものだ。
「あ。おい、佐藤。あんたは今、あばら骨しかないって思ったでしょ?」
「よく分かったな」
「――泣かす。風子、お願い。こいつの初めての女になっていい? 佐藤の思い出を穢してやる……!!」
「ダメ!!!!」
と、最上さんが慌てて湾内さんを引き剥がしてくれたので、一安心なのだが。
湾内さんが捨て身すぎて少し引いた。俺に復讐するためなら自分の貞操すら犠牲にするらしい。末恐ろしい。
(まったく……目立ってるな)
騒がしくしすぎた。
放課後とはいえ、まだ学校が終わって間もないので教室にはクラスメイトが残っている。
ただでさえ、最上さんがいるせいで視線を集めているのに、湾内さんが暴れているせいで注目の的だった。
見られるのは慣れていない。
居心地も少し悪かったので、足早に教室を出ていった。
「わっ。佐藤君、待って……!」
慌てた様子で最上さんが追いかけてくる。湾内さんは俺のクラスにも友人がいたのか、女子生徒と軽く雑談をしていたので、放置して歩き出した。
よし。クソガキは振り切ったな。
「最上さん。迎えに来てくれたのは嬉しいが、何か用事があったのか?」
「んー。分かんない……わたしは佐藤君と一緒に帰ろうと思っていただけなのに、美鈴ちゃんがついてきたの」
「そうか」
用事があったのは、湾内さんの方だったのだろうか。
まぁ、もう彼女はいないので、聞きだすことはできないが。
「佐藤君。今日は喫茶店に行くの?」
「いや。さやちゃんは、学校の友達と遊びに行くらしい。今日は普通に帰ろう」
「はーい。さやさん、お友達とどこに行くんだろう」
「映えスポット、とか言ってたな」
「ばえすぽっと……?」
最上さんと二人きりで帰宅する。
この時間が何よりも落ち着く――はずだったのに。
「おい。あたしを置いていくな」
湾内さんが追いかけてきた。
はぁ。君がいると事態がややこしくなるので困るのだが。
「それで、何か俺に用事でもあるのか?」
逃げても追いかけてくるので、いっそのことさっさと聞き出した方が早い。
そう思って尋ねてみると、彼女からこんなことを要請された。
「佐藤、お願いがあるの……!」
「何だ」
「最上を『ミスコン』に出すために説得して!!」
――ミスコンだと?
そんなイベント、初耳だ。
そして、その一大行事を聞いて……胸の中がざわついた。
ここが、物語の大きな山場となる。
そんな予感がしたのである――。
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