第百五十話 鈍感主人公は嫌われる
あーあ。
尾行しようとしていたクラスメイト二人は、もうどこかに消え去っていた。
氷室さんの裏垢について、どんな噂が広がっているのか調査したかったのに……残念である。
(まぁ、それ以上の情報が手に入りそうだから、いいか)
捨てる神あれば拾う神あり。
まさか、真田が『氷室さんの裏垢を知っている』という情報が手に入るとは思っていなかった。
こいつの判断次第では、今後の展開が大きく変わる。
たとえば――このアイスちゃん♪を氷室さんだと気付いていたとするなら。
(物語は、一気に動き出す)
ここが起点となり得る。
だからこそ、言葉には気を付けなければならない。
調整役として、腕の見せ所だ。力のない脇役は、こういう力学が大きく働く場面でようやく動ける。
まずは、真田の理解度を確認することからだな。
「芸術? 朝から盛っているだけだろ?」
もちろん、直接的な質問はしない。
真田に警戒されたら、情報を引き出すことができない。
もともと俺は嫌われているので、冷静な話し合いも不可能。なので、追及する形で答えを吐かせる手段をとった。
「違う……! お前も男なら分かるだろ!? この美しい谷間を見ろよ。ぐへへ」
「下品な目線にしか見えないが」
「げ、下品じゃねーよ! これは芸術の鑑賞だ。たまんねぇだろうが」
……ん?
なんというか、あれだ。
真田の反応を見ていると……こいつ、もしかして。
「はぁ……猿渡はたまに、この世の理不尽さを感じることはないか? 世の中には、こんなにスケベな女が存在する。でも、俺の周囲にはいない。これが悔しくないのか!?」
猿渡って誰だよ。
そう訂正する気はまったくないので、スルーした。
そして、驚いた。
真田って、本当に――鈍感なバカだ。
(氷室さんに似ているから見ていると思っていたが……単純にスケベだから見てたのかよ)
薄々、察しているのかと思っていたのに。
『なんか日向に似てるだろ? だから見てるんだよ!』
そう言われたら、否が応でも物語は動き出すはずだった。
ここを起点にして、俺も色々と策を巡らせる必要性があると考えていたが……そういう覚悟が、一気に消えた。
まだだ。
何も気づいていないのだから、動き出す必要性はないだろう。
思わず、ため息をこぼしたくなる。
だが、ぐっとこらえて、もう少しだけ真田の話を聞くことにした。
せめてもう少し、有用な情報がほしい。
「……そうか。お前はこういうタイプが好きなんだな」
「は? 嫌いな人間なんていないだろ。見ろよ、このそこそこに大きい胸と、抜群のスタイルを……!」
いや、学校でその画像を見せつけるなよ。
周囲には見えてないと思うが、気付かれたら不快に思う人だっていると思うが。
さっきの男子二人みたいに、せめてひそひそと話してほしかった。相変わらず、周囲のことが見えていない人間である。
「あーあ。俺にもこういう女の子の友達がいたらなぁ」
「……はぁ」
うーん、ダメだな。
これ以上の情報はなさそうである。
とりあえず、真田は偶然だが氷室さんの裏垢に辿り着いている。
この情報だけで、今は満足しておこう。
あとは、氷室さんへお土産話にはできるか。
(真田が裏垢を褒めていたぞ、か……このお土産話は喜ぶのだろうか)
いくら真田を愛していても、これが褒め言葉かどうか少し判断が難しい気がする。
とりあえず、この遭遇で入手できた有用な情報は、これくらいだろうな。
せめて、氷室さんかもしれないと疑ってくれていたら、もう少し動きようはあったのに。
(鈍感系主人公は、やっぱりトレンドではないな)
一昔前は主流だったが、最近は普通に察しの良い主人公が好まれる傾向がある。
たぶん、あまりにも鈍感すぎて読者がイライラするのだろう。
実際、俺も真田のことはあまり好きじゃないので、よく分かる。
いくら物語に都合が良いとはいえ……こんなに鈍感だと、さすがに呆れるほかなかった――。
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