第百四十九話 さすが下半身系主人公
――十月になった。
夏休みが明けて早一ヵ月。夏の名残もすっかり影を潜めて、日が沈む時間も早くなっている。
振り返ってみると、激動の一ヵ月だった。
最上さんが覚醒を果たし、ヒロインたちのパワーバランスが崩れて、俺も色々なキャラクターと交流することになった。
まぁ、真田とヒロインたちの色恋事情に巻き込まれたくなんてないのだが。
しかし、最上さんが渦中にいるので、そうも言ってられない。
脇役の立場からでも、やれることはある。
直接的な手段で物事を解決できる力はない。だから間接的な手段で俺は介入を目指した。
最上さんに立ち位置を奪われた元正ヒロインの氷室さんを手助けして、復権してもらうこと。
彼女が真田の恋人になれば、それが一番である。元鞘に戻ってもらうべく、奔走した。
そして、紆余曲折あったが……氷室さんは『裏垢女子』という属性を新たに獲得したことで、ヒロインとしてのパワーが一気に増したのである。
その効果が、少しずつ出てきているようで。
「おい。あの噂、知ってるか?」
「あれだろ? めっちゃ似てるってやつ!」
朝。登校してぼーっとしていたら、近くの席で男子生徒が二人、ひそひそと話している声が聞こえた。
単なるクラスメイトで、友人ではない。というか俺に友人はいない。友人とは作ろうとしなければ作れない物なので、作る意思がないとも言える。
まぁ、俺の交友関係についてはどうでもいい。
とにかく、そのひそひそ声が気になって、つい耳を傾けてしまった。
「見てみたけど、やっぱり似ているよなぁ。本人じゃないか?」
「いや。でも、検証班によるとほくろの位置が違うらしいぞ。髪の毛の色が似ているだけ、という説が濃厚らしい。画像も加工が強くて、本人と特定できる情報はないらしい」
「まぁ、そうだよな……A組の氷室が裏垢女子なわけないか」
――ほう。
どうやら、他クラスにも噂が広がってきているらしい。
氷室さんの裏垢疑惑。やっぱり、同級生の男子は興味津々になるだろう。
今のところは、似ているだけということになっているらしい。
というか、検証班ってなんだよ。変なことしてないで勉強しろ……まったく、さすが男子高校生だ。思春期なら仕方ないか。
「でも最近、鍵をかけたんだろ? 俺、見れなくてさ……」
「いや。鍵をかける前にフォローしてた奴は見られるぞ。俺は大丈夫だな」
「マジで!? ちょ、ちょっと見せろっ」
「待て待て。ここだとあれだから……ちょっと来い」
と、二人が立ち上がったので、どんな状況か探るために俺もさりげなくついていった。
気配を消すのは得意なので、二人に気付かれない自信がある。まぁ、もともと気配がないだけとも言えるか。存在感ゼロの脇役の性質をうまく活かして、二人を尾行しようと教室を出た……その時だった。
(うわっ。出た)
ちょうど、登校してきたあいつと遭遇した。
真田才賀である。彼は前方から、スマホを眺めながら歩いていた。
無視して歩こう。そう思っていたのだが。
「ぐへへ――痛っ」
「……っ」
あいつの進路からズレたのに、なぜか真田も進路を変えて俺にぶつかってきたのだ。
前方不注意である。真田がスマホに夢中で事故が起きてしまった。
その瞬間、真田がスマホを落として。
そして、ふと床に落ちた画面を見てみると……そこに映っていたのは。
(――氷室さん!?)
氷室日向のちょっとスケベな画像が、そこにあった。
いや、違う。この子は氷室さんじゃなくて、アイスちゃん♪だったか?
しかし、なるほど……こんな展開になるとは思っていなかったので、驚きだ。
(まさか、真田本人が見つけていたなんて)
偶然にしてはできすぎている。
数多く存在する裏垢女子の中から、真田がしっかりと見つけ出していたことに、戦慄した。
さすが主人公だ。
神に愛されている。ヒロインに関連するあらゆる出来事は、真田に集約されるのかもしれない。
あるいは、スケベな物事にご執心ということか。
自力で見つけ出していて、俺は少し引いていた。こいつは普段からどれだけの裏垢を見ていたのだろうか。
と、そんなことを考えながら、落ちたスマホを凝視していたら……ぶつかった真田が、不服そうに不満をぶつけてきた。
「おい、てめぇ。ぶつかってきたなら謝れよ」
「そっちがぶつかってきたのだが」
「俺はよけただろ」
「エロ画像を見ていたくせに、よく言えるな」
「は!? べ、別に見てねーし」
「このスマホに映ってるだろ」
「……っ!?」
画面が見えている状態だとようやく気付いたのだろう。
真田は慌てた様子でスマホを拾ってから、俺を睨んだ。
「これは違う!」
「何が違うんだ」
「こ、これは……芸術だ!」
芸術ってなんだ。哲学的問いか?
まったく……真田は相変わらず、下半身に脳みそがついているようだ――。
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