第百四十六話 妹至上論者
最上さんの言葉をしっかりと聞き届けた後。
さやちゃんは、小さく頷いた。
「なるほど。分かりました」
先程、一瞬だけ表情から色がなくなった。
しかし今は、ちゃんと感情が宿っている。
良かった。心を閉ざさずに、しっかりと最上さんの気持ちを受け入れたみたいだ。
「あなたは――こちら側の人間ですね」
「こ、こっち……?」
「兄のことを正当に評価できる、数少ない存在です」
さやちゃんの声は、明らかに先程より柔らかくなっている。
警戒心が緩んでいた。ひとまず、最上さんのことは敵じゃないと安堵してくれたらしい。
「兄は不可解な存在です。やっていることは明らかにおかしいのに、なぜか周囲がそれをおかしいと判断できないのです。生まれながらに、そういう性質の人間なのだと思います……愛される才能のある人、なのかもしれませんね」
「へー。そんな人って、いるんだね」
「実際、あなたも初対面で兄に悪い感情を抱かなかったのではありませんか? 今だって、兄のことが嫌いというわけではありませんよね?」
「それは……そう、かも?」
と、最上さんは自分の感情にいまいち自覚がないらしいが。
実際、その側面はあるだろう。最上さんは今のところ、真田のことを苦手としているが、嫌っているわけではないのは事実だ。嫌うほど強い感情を抱いていない、という見方もできるが……しかし、さやちゃんほどの嫌悪がないことは事実である。
「でも、あなたは正常です。ちゃんと、兄に対する評価を正当にしています。その点で信頼できました」
「信頼してくれたの? あ、ありがとうっ」
「いえいえ。さやこそ、変に警戒してごめんなさい。兄のせいで、高校生くらいの人間が苦手で」
男子だけが苦手だと思っていたが、女子もそうだったのか。
まぁ、氷室さんに対しても良い評価はしていなかったので、そういうことなのだろう。
「……あなたも、兄につきまとわれているのですか?」
「つ、つきまとわれているかは、分かんないけど……どうなんだろう?」
と、ここで最上さんが助けを求めるように俺を見てきた。
彼女は優しいので、言いにくいのだろう。それなら、俺が言ってあげるか。
「つきまとわれているぞ。君の兄は今、最上さんにご執心だ。つまり、さやちゃんと同じ被害者だな」
「――合格です」
「合格なの!?」
俺の言葉が、どうやらハンコとして機能したらしい。
最上さんの言葉を証明するように同調したら、さやちゃんは即座に判定を下した。
「お兄さまのお友達であることを認めます」
「あ、ありがとうございます!」
「良かったな、最上さん」
「うん! 良かった~」
おお。気難しいさやちゃんが、受け入れた。
面接は無事通ったらしい。そのことで、最上さんは喜んでいた。
「……うーむ」
だが、さやちゃんはまだ少しだけ難しい顔をしている。
最上さんを見て、それから俺の方に視線を移したかと思えば、渋い表情で唇を尖らせた。
「ただし、お兄さまのお友達としては認められても、妹ポジションは譲れませんね」
「――え」
いや、なんで。
急にどうしたんだろう。さやちゃんは、面白くなさそうな顔をしていた。
「お兄さまの妹はさやなので」
「……じ、実は気になってたんだけど、なんで佐藤君は『お兄さま』って呼ばれているの?」
「さやが妹だからです」
回答になってないぞ。
あと、実際には妹じゃないから、不適切な返答だった。
最上さんも混乱して、頭の上に大きなクエスチョンマークを浮かべている。そんな彼女に見せつけるように、さやちゃんは俺の腕に抱き着いた。
「最上風子さん。あなたは今、お兄さまの妹的なポジションで満足していますね?」
「ぎくっ」
それを口で言う人間を初めて見た。
最上さんは痛いところを突かれたと言わんばかりに、気まずい顔をしていた。
「残念ながら、さやが妹ですので。甘えて、甘やかされるのは、妹の特権です」
「じゃ、じゃあ、わたしはどうすれば……」
「恋人になればいいではありませんか。そちらは空いていますよ。さやは妹であることが一番の幸せと考える妹至上論者なので、お気になさらず」
「こ、こここ恋人だなんて、そんな!」
滅相もないと言わんばかりの最上さん。
さて、俺はどんな顔をすればいいのだろう。自分のことで言い合う二人を前に、ちょっと気まずかった。
喧嘩なら仲裁に入れるが、そうじゃないんだよなぁ。
俺としては、さやちゃんと最上さんは姉妹的な関係性で落ち着いてほしかったのだが。
「さやさん! わたしは、次女でいいから……ダメ?」
「ダメです。さやは兄妹愛を一人占めしたいタイプなので」
「えー。実のお兄さんには、そうじゃないのに……」
「あれは兄ではありません。バケモノなので、一緒にしないでください」
思ったよりも、二人の相性が良いわけではなさそうだ。
いや、でも……フラットな関係性ではあるのか?
さやちゃんにとって最上さんは、気兼ねなく話せる相手になり得るな。
あるいは俺以上に『友達』には近そうだ。
そう考えると、悪い関係性ではなさそうだった――。
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