第百四十五話 最上風子視点の真田評
真田さや。十歳。好きな食べ物は甘い物全般。ただしチーズアレルギー。
そして嫌いなものは――真田才賀。
彼女は実の兄を、大の苦手としている。
理解できないとか、性格が合わないとか、そういうレベルですらない。
兄という存在を、心から忌避している。
「さやにとって、この世の中には二種類の人間しか存在しません。『兄が好きな人間』と『兄が好きじゃない人間』です」
だから、この項目はさやちゃんにとって本当に大切だ。
この子の価値基準の軸が、真田になってしまっているのだから無理もなかった。
「さやは兄が苦手です。だから、あなたが少しでもあの人に好意を抱いているなら、交友を深めることは不可能です」
たとえ、最上さんがどんな人間だろうと関係ない。
政治思想の違いと同じだ。イデオロギーが違えば、同じ物事であっても観点が変わる。価値観を共有することができなくなる。
そして、この件で少し複雑だなと感じるのは……さやちゃんの認識そのものが、かなり偏っているということだ。
(最上さんが真田に好意がないと思っていても、さやちゃんがそう判断するとは限らない)
例をあげよう。
真田が道端で、ペンを落としたとする。
通りがかった最上さんが拾って、手渡した場合……これは、さやちゃんの視点ではもうアウトだ。
最上さんに他意がなくても、この行動が『無意識の好意、もしくは今後好意を抱く可能性がある』と判断するはずだ。
このような極端な思想を持っているからこそ、俺がこんなに懐かれているのである。
この子は見抜いている。
俺が、真田才賀という人間に対して著しく低い評価をつけているということを。
そのおかげで、今のような信頼関係が構築できたというわけだ。
はたして、最上さんはどうだろうか。
さやちゃんのお眼鏡にかなう回答を、できるだろうか。
「……正直に言うね」
最上さんも表情を引き締めた。
今までは怯えていた表情だったのだが、さやちゃんの真剣な気持ちが伝わったのだろう……しっかりと、相手の気持ちに向き合っている。
さすがだなぁ。
本好きなだけあって、最上さんは読解力がある。
さやちゃんの心を、ちゃんと読んでいた。
「――悪い人だとは、思ってないよ」
「……そうですか」
その瞬間、さやちゃんの顔から色が消えた。
一瞬で、最上さんに対する興味を失ったかのように、目から感情がなくなる。
心を閉ざす前触れだ。慌てて俺が仲裁に入ろうとしたが……それよりも早く最上さんが言葉を続けた。
「でも――ちょっとだけ、怖いかな」
忖度はなかった。
もし、さやちゃんに気に入られるためであれば、もっと真田を悪く言うはず。
しかし最上さんは、そんな浅いウソは通じないと理解しているのだろう。ありのままに、自分の本音を語ろうとしている。
相手が十歳の子供だろうと、関係ない。
目線を同じにして、対等な人間として、誠実に自分の気持ちを打ち明けた。
それが、さやちゃんの心を引き戻した。
「……怖いのですか?」
「うん。わたしね、前はもっと地味な女の子で……その時は、全然見向きもされなかったの。別に、見てほしいとは思ってなかったから、それが悪いわけじゃない。ただ、勇気を出して髪型とか見た目を変えてみたら、すごく話しかけられるようになった」
夏休み前と、夏休み後。
最上さんが覚醒して、とんでもない美少女だと周囲が認知すると同時に、真田の態度は一変した。
そのことを、最上さんはこう評したらしい。
「あ、この人は見た目で露骨に態度を変える人間なんだなって思ったら、怖くなった。もちろん、みんなだって少なからず変わるとは思う。でも、あんなに分かりやすく態度を変えられるのは、怖いよ」
あからさまな態度が、逆に警戒心を強くした。
一貫性のない人間は、立場によって意見を変える。それが信頼できないと最上さんは思っている。
実際、その通りだ。
人によって対応は変えるべきだ。それぞれに個性があるのだから、それは当然の接し方だ。
しかし、態度は変えるべきではない。それが人間としての普通の在り方だ。
その『普通』を真田は持っていない。
相手によって平気で態度を変える。その自覚もない。悪意がないことが厄介で、真田の価値観が根本的にズレていることが理解できる。
「もし、また見た目が変わったら、真田君はきっとわたしが見えなくなるんだろうな……って」
だから、最上さんは恐怖を感じた。
つまり真田は、過去の最上さんを否定している。
だが、過去の最上さんこそが、彼女の本質なのだ。
最上さんが怖がるのも、無理はないだろう――。
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