第十四話 モブヒロインが性癖なんです!
美容師のお姉さんが、最上さんの前髪を手で持ち上げた。
長さなどを確認するためだろうが、そのおかげで今は最上さんの瞳が露出している。
透き通るような空色の綺麗な瞳だった。
……さぁ、どうする?
今、俺と最上さんは究極の選択を迫られている。
(前髪を切るべきか否か――どっちがいいんだ?)
本音を言うと、切ってほしくない。
しかし、彼女が意を決して髪を切っている目的は、真田のためである。
それなら、最上さんの最大の魅力である綺麗な目を強調した方がいいだろう。
「前髪は、えっと……」
彼女も判断に迷っているらしい。
鏡越しに俺を見て、判断を仰いでいるような気がする。
俺が切ってほしいと伝えたら、恐らく最上さんは言う通りにしてくれる。
彼女は素直でとても純粋だ。俺の言葉を疑うことはないだろう。
それが嬉しくもあり、危うくもある。
俺の判断一つで、今後の物語に大きな影響を与えるかもしれない。
そう重圧が、思考を鈍らせる。
「どっちでもいいのかい? それなら、私の判断で短くするけど」
「……はい。お願いします」
たぶん、俺が困っていることに最上さんは気付いた。
だから、申し訳なさそうな声で、美容師のお姉さんに対して頷いている。
『責任を背負わせてごめんね』
そう言わんばかりに、鏡越しに合っていた視線が……ゆっくりと逸らされた。
彼女は変わりたいと、自分で言っていた。
それなら……やっぱり、イメージを大きく変えるためにも、前髪は短くした方がいいのかもしれない。
その方がきっと、真田にも意識されるだろう。
髪型一つで印象は転換する。特に最上さんは、今まで己という原石を磨いてこなかった。
宝石だって、加工前はただの石ころ。
しかし、人の手が加わることでその価値は一気に跳ね上がる。
だから――切るべきだ。
そんなこと、分かっている。
「いや、前髪は長いままで!」
お姉さんがハサミを手に持ったその時。
俺は、無意識にそう叫んでいた。
分かっている。真田のことや、最上さんの覚醒を促すのであれば、この判断は間違えていることには、ちゃんと気付いている。
しかし、それでも俺は……このままが好きだと、思ってしまった。
「彼氏君は長い方がいいの? 目にかかって邪魔だし、短くしたらもっとかわいくなるのに」
「すみません。俺の性癖なんです」
「おお。突然のカミングアウトにさすがの私でも混乱中だよ」
「せ、せせせせ性癖!?」
お姉さんも、最上さんも、俺の言葉に戸惑っている。
しかし、それでも――後には引けない。
「整えるだけでお願いします! 俺はメカクレ属性の女子が好きでたまらないんです」
「……ふふっ。若さがほとばしっていて瑞々しいよ。それで、最上ちゃんはどう思う? 彼氏君はそう言ってるけど、短くしない方がいい?」
「えっと、あの……はい。長さは、そのままで」
そして最上さんは、頷いてくれた。
先ほど逸らされた目が、再び鏡越しに交錯する。その表情は、先ほどよりもどこか嬉しそうにも見えるから、不思議だった。
「実は、ずっとこの髪型だったので……急に短くするのは、不安でした」
「そうなのかい? それなら仕方ないね。せっかくの素材がもったいないけど……そういうことなら、やりようもある。よし、あとはお姉さんに任せなさい。いい感じに仕上げてあげる」
相変わらず、お姉さんは頼もしい。
熟練の職人、とでも言えばいいのか。自分の要望だけでなく、相手の願いを実現するための手段をお姉さんは持ち合わせている。
(いい美容師だな……なるほど。道理で、繁盛しているわけだ)
転生前は営業をしていた。多くのビジネスマンや経営者と接していた。
だからこそ、人を見る目には自信がある。
この美容師は、信頼できる。
だから、後は任せよう。細かい要望もしなてくていいだろう。
「彼氏君はなかなかの変態だねぇ」
「へ、変態なんですか?」
「ああ。でも、あれはいい変態だから安心してもいい」
「俺は変態じゃなくて、ただのメカクレフェチですから」
カット中、雑談もかかさない。
手元は集中しているが、こちらを退屈させないような話術も持ち合わせている。
そのおかげか、時間が経つのもあっという間で。
そして、最後に髪の毛を洗って、ドライヤーで乾かして、セットして……すべての工程を終えた最上さんを見て、俺はこんな言葉しか言えなくなった。
「――か、かわいい」
やはり、予想通り。
モブヒロインは、覚醒した。
髪型を変えた彼女は、どこからどう見ても……ただの『美少女』でしかなかった――。
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