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第百三十九話 嬉しい誤算

「……さいあくっ」


 夕暮れの河川敷で体育すわりをしている女子高生を、俺は初めて見た。

 スカートが土埃で汚れることなんてお構いなしである。川面に映る夕日を眺めながら黄昏ていた。


「さいあくだぁ……もう、おわった」


 恐らくは独り言なのだろう。

 先程から似たような単語を彼女は何度も繰り返し呟いている。


 俺が真後ろにいても、気付いた様子はない。

 それくらい落ち込んでいるみたいだ。


「氷室さん?」


「……サトキン!!」


 声をかけると同時。

 待っていたと言わんばかりに、彼女は勢いよく立ち上がった。


「どうしよう!? ば、バレちゃった……バレちゃったの!」


 恐らくは裏垢のことなのだろう。

 日中の出来事はたまたま見かけていたのだが、彼女は俺の正体を把握していない。

 なので、初耳のふりをしなければならないか。


「バレたとは、何の話だ?」


「私の、アカウントが……バレちゃったのっ」


「本当か? 誰にバレた?」


「――同級生。男の子だけど、名前は分からない。たぶん同じクラスだったと思う」


 いや、同じクラスの男子生徒くらい名前を覚えていてくれよ。

 相変わらず、真田以外に興味はないようだ。


 うーむ。そうか、彼は同じクラスだったのか。

 それはまた、ややこしい状況になりそうである。


「ちなみに、どのアカウントがバレたんだ?」


「……イックス」


「てっくたっくじゃないのか」


 俺が運用している方ではなかったか。

 いや、でも冷静に考えたら当たり前か。てっくたっくは加工が施されているとはいえ、顔も表示されている。ただ、際どい動画を撮影している一方で、決定的なシーンというのもない。


 下着だって見えていないのだ。このアカウントなら、正体を知られても『普通のアカウントだけど』で押し通せないこともない。少し無理があるとは思われるかもしれないが。


 しかし、バレていたのは彼女に運用を任せていた方のSNSだ。

 俺が一切関与していないので、実はどんな投稿をしているのかもまったく把握していない。


 まずは、見せてもらった方が早いだろう。


「ちょっとアカウントを確認してもいいか?」


「う、うん。分かった」


 氷室さんは頷いて、スマホの画面を俺に見せてくれた。

 アカウント名は『アイスちゃん♪』。な、なかなか良いネーミングセンスだ。裏垢女子っぽい。


 さて、投稿内容は――なんだこれは。


「……マジか」


「何!? ど、どうしたの……!!」


「いや。氷室さん……すごいな」


 愕然とした。

 基本的には自撮りの投稿がメインである。

 制服は着ていない。露出度の多い私服姿をいくつも投稿している。

 マスク姿で、髪型も変装のつもりなのか色々と変えている……これだけ説明するとまだ普通のアカウントだが。


 しかし、とにかくあれだった。

 スケベだった。


「これは、なかなか……スケベだな」


「え!? これくらい普通じゃないの……他の人気な裏垢は、だいたいこんな感じだったけどっ」


 優等生な部分がこのジャンルでも発揮されたということか。

 事前にリサーチするのは素晴らしい。裏垢女子のトレンドを分析して、自分なりに解釈して、実際に表現する……通常ならこのどこかでズレが生じて、最初のうちはうまくいかないのが普通なのに。


 しかし彼女は、持ち前の才能のせいか人気裏垢女子のアカウントを模倣できてしまった。

 その結果――フォロワー数は、五万を超えていた。


 う、嘘だろ……!?


(お、俺って、本当に凡人なんだな)


 こんなに苦労しても、俺はなかなか数字が積み重ねきれていない。

 しかし、ちょっと氷室さんが本気を出したらこれだ。


 まぁ、俺の才能がないことなんて今更の話だ。俺はコツコツと頑張る努力家タイプなので、天才タイプに及ばないこと当然である。


 そんなことよりも……これは、嬉しい誤算だった。


 なるほどな。急激に知名度が高くなったからこそ、同級生の男子にもバレたのか。

 たった一週間で爆発的にフォロワー数が増えている。この勢いなら、時間の経過とともにもっと増えるだろう。


「もしかして、私……過激すぎた?」


「過激、と表現するほどではないかもしれないが。でも、すごいな……覚悟を感じる」


 この一週間で投稿された自撮り画像を順番に見て、少し背筋が冷えた。


 別人だ。

 氷室さんとは決して思えない。


 常にマスクをしているので、表情が見えているわけじゃない。

 ただ、谷間とか、おへそとか、ふとももとか……カルバンク〇インの下着とか。男ウケを狙って、女性層なんて歯牙にもかけず、媚びまくったポーズで自撮りしまくっている。


 プライドなんて、もうどこにもない。

 彼女は、本気で勝ちたいと願っていた――。

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― 新着の感想 ―
正体隠したままじゃ意味ないよね? 最終的に真田には教えないといけないんだし。あいつが他人の秘密を守れる人格をしてるとは思えないんだけど。
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