第百三十七話 無愛想ヒロインは裏垢女子
ピンチだった。
てっくたっく。イックス。アウトスタガラム。どれかは分からないが、彼女だと同級生の男子にバレている。
いったい彼女はどんな態度をとるのか。
(俺が割って入るべきか? いや、でも……何て言えばいいんだっ)
首を突っ込める理由がない。
最上さんなら、彼女の恋人のふりをして色々とできないこともないが、氷室さん相手だと難しいだろう。嘘でも、彼女は俺と恋人のふりなんてしてくれないはずだ。真田に対して一途だから、あいつを裏切るような真似なんてしないと思う。
というか、そういえば俺は正体を隠していた!
氷室さんにとって俺はサトキンである。佐藤悟としては認知されていないので、いきなり話しかけると色々とまずいことになる。
などなど。複合的な問題を考慮した結果、やはり俺からは手が出せないという結論に至った。
ただ、氷室さんは何事も卒なくこなすタイプの完璧ヒロイン。
当然ながら俺よりもハイスペックな少女なのだ。
「――い、いきなり卑猥なものを見せないでよっ」
ほら、やっぱり。
俺が逡巡しているうちに、もう彼女は解決策を思いついたようだ。
「は? いや、これは氷室に似てるから、本人だと思って――」
「私なわけないじゃん! もう見せないでっ。先生に言いつけていい?」
「そ、そうか。人違いだった……」
彼も、確証を持っていたわけではないのだろう。
ただ、あまりにも似ていたので、本人に聞いてみた……というか、絶対に下心とかあっただろうなぁ。
対応を間違えると、少しややこしいことになったかもしれない。
「もういい? ほんとに最低……」
「ごめん! せ、先生には言わないでくれ。じゃあ、俺はこのあたりで!」
まぁ、人違いなら結構な問題だよな。
同級生の女子にいきなり裏垢を見せつけたのだ。教員が知ったら大問題にするだろう。
ただ、それは本当に人違いだったら、という場合の話だ。
恐らくは、実際にアカウント主は氷室さん本人なので、先生に言いつけることはできないだろう。
「……はぁ」
男子生徒が立ち去った後。
明らかに安堵した様子の彼女が、大きく息をついてからふらふらと歩き出した。
慌てて目をそらして、俺もただの通りすがりですよとアピールしながらゆっくり歩きだす。
おかげで、彼女に気付かれることなく、通り過ぎることができた。
去り際、ちらりと横目でみたら氷室さんは疲弊しきった様子で……やはり、見せつけられたアカウントが彼女本人だったことは、その表情から確認できた。
今日の夕方が、一週間ぶりの密会となる。
その時にこの件についても相談されることだろう。
ただ、正直なところ……俺にも解決策は分からない。
なので、ここは幼女師匠の出番だ。
「――身バレの対処法ですか? そんなものありませんね。諦めましょう」
さやちゃんはそう言って、ミルフィーユを一口食べた。
「あむっ……ん♪ お兄さま、ここのケーキは全部美味しいです。さやはこの喫茶店にいる時と小学校にいる時だけが癒しです」
それは良かった。
相変わらず、家では真田に苦労させられているのだろう。
この子にとって癒しになっているのは、素直に嬉しい。
でも、もうちょっとだけ、身バレについて意見を聞かせてくれないかなぁ。
さやちゃんは、氷室さんと顔見知りだがまったく彼女に関心がなかった。
さやちゃん曰く『兄を好きになるような人は敵です』らしいので、素っ気ないのも無理はないのだが。
「ごめん。もうちょっと、教えてほしいんだけど」
「身バレについてですか? んー、そうですね……さやは氷室日向さんがどうなろうと気になりませんが、お兄さまが詳しく教えてと言うのなら、分かりました」
やや億劫そうにだが、彼女は身バレについて色々と教えてくれた。
「まぁ、健全な活動なら身バレしても大して被害はありません。さやも顔は隠していますが、友達にはアカウントについて教えています。応援してくれますし、撮影に手伝ってもらうこともありますよ」
「……健全なら、か」
「はい。健全なら、です」
そして、氷室さんのアカウントは健全ではない。
だからさやちゃんは、最初からお手上げ状態のようだ――。
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