第百三十六話 ま、まずい
『もっとがんばる』
そう、氷室さんが努力を誓った。
この覚悟は口だけではない。心から、己を省みたようである。
「前から思ってたんだけど、サトキンってショート動画用のSNSしかやってないよね。『イックス』とか『アウトスタガラム』とかやらないの?」
SNSについて、彼女から色々と言及してきた。
その姿勢は、昨日までの彼女とはまるで違う。
「できればやりたい。だが、手が回らないというのが現状だ」
「ふーん。そんなに難しいの?」
「難しいとかじゃなくて、動画の編集でリソースがいっぱいいっぱいなんだ。俺にとっても初めてのことでな……そもそも俺は、こういったSNSが得意じゃない」
「……そうだったの?」
もちろん。だって俺は、どこにでもいる一般人だぞ?
SNSで人を集められる才能なんてない。そもそも、数字を増やしたいという欲求もない。
転生前からそうだった。SNSなんて自分の日記帳であり、たまに大好きな作品の著者に感想を送っていただけで、有効的な活用なんてしていなかった。
「君の動画だから、一定数のフォロワーが増えている。ただ、俺の感性があまりにも乏しすぎる、というのが足枷の一つにもなっている。このあたりは、俺の反省点だ」
やはり、俺の努力不足も否めない。
努力というか、才能というか……他人から見てもらうための才能が、俺にはまったくないのである。
この壁に引っかかっているような気もしていた。
できれば、他のSNSにも手を伸ばしたい。しかしその余裕がない、ということだ。
「分かった。じゃあ、私がやる」
「いいのか?」
「……うん。あと、ごめんなさい。私、サトキンが苦手なことをしていると思ってなかった。任せていれば、勝手に人気が出るんだろうなって、他力本願だった」
「まぁ、俺に任せろって言ったからな。それは、こっちの力不足だ」
謝る必要はない。むしろこの件については、俺の方が悪い。
とはいえ……どちらが悪いかなんて、なかなかうまくいっていない現状において関係のないことだ。
大切なのは、これからうまくいくように改善すること。
そして、挑戦すること。
「じゃあ、てっくたっくはサトキンに任せるね。イックスとアウトスタガラムは私がやってみてもいい?」
「正直、助かる。俺のセンスだと、なかなか人が集められない。でも、君のセンスなら可能性は一気に上がるな」
「……そうだね。丸投げして、一人だけに背負わせていたら、結果を出すなんて難しいよね」
――やっぱり、変わったな。
些細なきっかけだが、もう言葉の節々に意識の変化を感じる。
今まで、俺にそんな提案をすることは一度もなかった。
こちらの指示に従うだけで、ずっと受け身だったが……今は違う。
ちゃんと、一緒に背負ってくれる。
これでこそ、ようやく『共犯者』になれた気がした。
「ねぇ。一週間くらいここに来ないで、自分でやってみてもいい?」
「もちろん。むしろ、自由にやってみてくれ。俺の指示があると、逆に氷室さんのセンスを邪魔しそうだからな」
動画のストックは、まだいくつかある。
一週間くらいなら大して支障はなかった。
「ありがとう。じゃあ、今日はもう帰るね――サトキン。いつも、ありがとう」
「……ああ。また一週間後に」
去り際に伝えられた感謝の言葉に、つい頬が緩んだ。
やっぱり、メインキャラクターは違うな。些細なきっかけで一気に成長する。
俺が手を引っ張っても、微々たる前進にしかならない。
だって、彼女は自分から前に進もうという意思がなかったから。
だが、これからは違う。
彼女が前に踏み出せば、一気に加速していくかもしれない。
この停滞している状況が、少しでも動けばいいな。
そんなことを、思ったのだが。
――いや、加速しすぎだろ。
一週間後。夕暮れの教室……ではない。
日中の教室で、もう彼女の努力の結果が出てしまっていた。
たまたまその場面に遭遇できたのは、本当に運が良かっただけなのか。
あるいは、神の導きなのか。
「ひ、氷室? ちょっといいか?」
「……なによ」
昼休み。廊下を歩いていると、途中で見知らぬ男子に話しかけられている氷室さんを見かけた。
彼女は真田以外に対して素っ気ない。彼に対しても例外ではなく、無表情で応対していたのだが。
「あのさ。このアカウントって――氷室だよな?」
「……え!?」
スマホを見せられて、彼女は目を見開いた。
そして俺も、その発言を聞いて……仰天していた。
(まずい。み、見つかった!!)
アカウント、という単語でもう分かった。
氷室さんのSNSが、同級生に見つかったのである。
「裏垢ってやつなのか?」
「――っ」
ど、どうする。
氷室さん……裏垢がバレちゃったけど、どうするんだ――!?
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