第百三十五話 ヒロインとしての未熟と自覚
湾内さんの言う通り、たしかに氷室さんからは感情があまり伝わらない。
真田の前でこそ表情豊かだが、他者の前では基本的に無表情。愛想も愛嬌もない上に、そもそも他人の目なんてまったく気にしない。
他人の目を意識しすぎるあまり、他人から見えないように生きていた最上さんとは真逆の性質。
それが彼我の差を生み、魅力という点において明確に白黒つけていた。
しかし今、氷室さんは……強い感情を見せている。
「見れば見るほど、いい子だね。本当に素敵……っ」
スマホの画面に表示されるバニー姿の彼女を、彼女は食い入るように見ていた。
まるで、その一挙手一投足を脳に刻み付けているかのように。
敵であろうと、自分に足りない要素を持つ最上さんから何かを得ようと、必死だ。
「最上に比べたら、私が今までやってたことなんて、本当に低レベルだった」
「……そんなことないぞ。決して、数字が出ていないわけじゃない。もちろん、ポテンシャルほど伸びていないのは事実だと思うが」
「慰めなくていい。私は、あなたにそれを求めていない」
その言葉に、つい苦笑してしまった。
……俺が、君を慰めているなんて。
そんな無意味なことはするわけないのに。
「事実を述べているだけだ。変に悲観されても困る。現状を理解せずに打つ手はただの博打にしかならない」
「本当に? 最上と比較したら、私なんて全然及ばないと思うけど」
「彼女が特別なだけだ。慰められていると思うところが、君の甘さだと思うぞ……俺は真田じゃない。意味のない優しさや言葉なんて吐かない。だって、これが事実だ。慰めるほど、俺は氷室さんに好意がない」
「――っ」
今なら、言っても受け止めてくれる。
いつものように無表情で『はいはい。そうですか』とスルーされることはない。
そう思って、あえて厳しい言葉をかけた。
「俺が大好きな女の子に、君が及ぶわけがない」
……今まで明言は避けていた。
誰が好きなのか、氷室さんにはあえて伏せていた。
だが、スマホにバニーの動画まで残していたのだ。普通の関係性でないのはすぐに気付くだろう。
だからあえて、ここで打ち明けることにした。
「最初から言っているはずだ。俺は、氷室さんのために力を貸しているわけじゃない。俺自身の目的のために……俺が、最上さんと付き合うために、真田が邪魔なんだよ。だから、真田は君が引き取ってくれ。最上さんに、付きまとわせたくないんだ」
これは善意や優しさによる、ボランティアではない。
俺が望んでいるのは、あくまで打算と妥協の契約なのだ。
「…………」
氷室さんは、無言だった。
口を堅く結んでいる。ただ、スマホの画面はもう見ておらず、俺をしっかりと見ていた。
初めて、目的の詳細を打ち明けたのだ。
少なからず驚きもあるだろう。
その上で、受け止めてくれていた。
俺の言葉をちゃんと咀嚼して、反芻して、思考している。
今の彼女は、決して無機質ではなかった。
「なんとなく……察してはいた。『さっくんの周りにいる女の子が好き』って言ってたよね。でも、そんな人は限られているし、そもそも最近になって増えた新しい人間関係なんて、最上くらいしかいない」
「でも、気付いてはいなかっただろ? そもそも君は俺に興味がないだろうからな」
「……うん。少し考えたら気付けるはずだったのに、まったく考えたこともなかった。ごめんなさい」
「いや、謝らなくていい。俺への理解なんて不要だ。俺は氷室さんのことを好きでも嫌いでもない。どう思われようと、何も気にしない。その行動や選択で怒ることもない。ただ、同じ目的のために、協力したいだけだ」
俺のことなんてどうでもいい。
だが、俺がなぜ彼女に手を貸していたのか判明したからか、氷室さんは気後れしているように見えた。
「サトキンがなんでこんなに手伝ってくれるのか、分かってなかった。私は、ただ……さっくんのために努力しているってだけで、満足してたのかもしれない。もっと、必死になるべきだった……っ」
「まぁ、俺は君と同じような立場なんだよ。恋敵が邪魔なんだ」
真田を恋敵と表現していいのかどうか、少し議論の余地はあるが。
しかし、大局で見ると俺と氷室さんの立場は近い。
たとえ、分かり合えなくても……手を組む意義はある。
そして氷室さんは、ようやく強い危機感を覚えたらしい。
最上さんとの差を感じて。
俺の本意を知って。
自分の至らなさを、痛感して。
「……私の魅力不足で、あなたにも迷惑をかけてごめんなさい」
正ヒロインとしての、不甲斐なさを自覚して。
彼女は、再起を誓ってくれた。
「これから、もっとがんばる」
ああ、頼むぞ。
君が、本来で言うところのこの漫画の正ヒロインなんだから――。
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