第百三十四話 主役という生き物は、逆境でこそ真の力を発揮する
湾内さんの言葉は大部分が悪口だったので、あまり参考にしてはいけないと思うが。
しかし、一部の発言には納得できるものがあって、家に帰ってもしばらく頭から離れなかった。
(たしかに、氷室さんはいつも淡々としているな)
感情が動いているところをあまり見かけない。
エロ売りしようと言った時くらいだろうか。あの時は葛藤していたが……それでも、感情の揺れ幅としてはそこまで大きくなかった。
しかも、下着を見られることも数日くらいで慣れたのか、あまり反応しなくなった。
もっと、感情が動いたほうがたしかに魅力が増すのか。
そんなことを考えている時に、ふと思い出した。
(そういえば――出会った時が、一番感情が出ていたな)
……川面に向かって叫んでいた。
真田への不満を咆哮して、感情を剥きだしにしていた。
だから、あの子の力になりたいと思ったのだ。
(やっぱり、真田が関係していた方がいいんだろうな)
主人公の前でだけ、彼女はヒロインになれる。
しかし、脇役である俺には、あくまで他人行儀だ。
やはり、その無感動な部分が動画にも出ているのかもしれない。
氷室さん本人に自撮りしてもらった動画を見ていても、どことなく『無機質さ』を感じた。
JKの私室というテーマで撮影してもらった。姿見の前で流行りの曲に合わせて動いているが、表情が少し硬い。
いつもよりスカートを短くしているので、ふとももの際どい部分まで見えている。見どころはそれくらいだろうか。
(ちゃんと、言うべきかもしれないな)
期待していたほど、アカウントの数字も伸びていない。
そのこともちゃんと伝えよう。もう一度、彼女の気持ちを動かしたい。
それが、彼女の魅力を引き出す最大限の一手だ。
そう信じて、翌日の夕方に顔を合わせた。
帰り際にでも、腰を据えて話をしようと思っていたのだが。
……やはり、彼女はメインヒロイン。
脇役がきっかけを作らずとも、勝手にイベントの起点は発生する。
「――何、これ」
それは、撮影した動画を確認していた時だった。
俺のスマホを眺めていた彼女が、急に血相を変えたのだ。
「どうした? 下着でも見えたか?」
「……違う。これのことだけど」
そう言って、氷室さんがスマホの画面を俺に向けた。
見えたのは――あ、やべっ。
「こほん。氷室さん、落ち着いて聞いてほしい。これは別に、いかがわしい動画じゃない。俺はオフラインで保存をしないタイプ。だからそれは芸術として鑑賞しているだけで――」
「――ふざけないで。別に、そういう意味じゃないから」
え。そうなの?
てっきり、いかがわしい動画を保存していると思われたかと。
焦って否定しようとしたが、なんとなくコメディの空気感ではないと感じたので自重した。
氷室さんの表情が、真剣だったのだ。
「これって、最上?」
……そうなのだ。
彼女が表示していたのは、最上さんの動画である。
この前、バニーガールになってもらった時に撮影したものだ。
たぶん、スマホを操作している最中に見つけたのだろう。
フォルダに入れっぱなしだったなぁ。隠しフォルダを作ってそこに移動するべきだったか。
しかし、氷室さんはいつもなら動画だけ見ているのに……なぜフォルダまで確認したのか。
操作を誤ったのか。あるいは、ほんの出来心なのか。
いずれにしても、見つけたという事実は変わらない。
そして、最上さんのバニー動画を氷室さんは凝視している。
食い入るように、見つめている。
「……なによ、これ」
「バニーガールの動画だ。俺がお願いして着てもらった。もちろん、やましい気持ちは……ないと言えば、嘘になる」
むしろ、やましい気持ちしかなかったと言っても過言ではないか。
でも、この動画の経緯や目的は、どうやら氷室さんにとってどうでもいいらしく。
「――ホンモノって、こういうことなんだ」
彼女はどうやら、衝撃を受けているみたいだった。
自分の動画を確認していたから、だろう。
両者の違いが、歴然と見えてしまう。
「……あはは。こんなの――勝てるわけない」
乾いた笑い声だった。
もう、笑うしかない。そんな感情がひしひしと伝わってきた。
「最上って、かわいいね。体つきもすごいし、あと……すっごく、楽しそう」
動画越しにさえ伝わる、最上さんの魅力。
それは氷室さんには存在しない要素だ。
「なるほどなぁ。これなら、さっくんが夢中になるのも仕方ないか」
うなだれるように、彼女は力なく首を横に振る。
……悪い予感がした。
(まさか、諦める……か?)
心が、折れたのかもしれない。
あまりの差に、努力に意味がないと絶望していたのなら。
もう、氷室さんを再起することはできない。
そう、危惧したのだが。
「――負けられない」
彼女の灯が、膨れ上がった。
くすぶっていた種火が、炎を上げて勢いを増す。
心が折れても、関係ない。
再び接ぎなおして、立ち上がった。
俺が何もせずとも、彼女は自らの力で起点を作った。
それでこそまさしく『メインキャラクター』だ。
逆境でこそ、主役たちは真の力を発揮する。
……ここが、最上さんとの違いだ。
氷室さんには地力がある。俺が一から十まで手引きせずとも、自分自身で己を奮い立たせることができる。
この熱量を、待っていた。
ようやく、ここからが……本番なのかもしれない――。
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