第百三十一話 夜はわんこから狼になります
湾内さんが真田を諦めるのはまだ早い。そう俺は思っている。
今からだって遅くはない。真田に真っ向からアタックしてほしい。
実際、彼女はずっとそうだった。真田と付き合おうと一生懸命だったのに。
「あたしだって、別に好きで自分を低く評価してるわけじゃないけど? 日向が相手なら、ワンチャンあったからがんばってたもーん。ほら、あの子って顔はいいけど面白味とかまったくないでしょ? だから、幼馴染っていう最高のポジションにいたくせに、才賀がそれほど愛情を向けてなかったんだよね」
……悪い意味で、この子は客観的なんだよな。
ロマンチストではなく、リアリストなのだろう。現状をしっかりと見極めて、己が獲得できる最大限のメリットを探している。
氷室さんが相手だった時は、まだ真田と付き合える可能性があると考えていた。
だが――それは、あの子が現れるまでの話だ。
「前も言ったけど、やっぱり風子は無理。あたしレベルだと、勝負にならない……せめて、おこぼれをもらうのが精一杯」
だからこの子は、勝負を諦めて黒幕に回った。
真田の恋人ではなく、愛人というポジションを目指すようになった。
その経緯があるからこそ、彼女は氷室さんについてこんな評価を下しているようだ。
「日向だって、同じでしょ。あたしと同じ土俵で戦えるレベルの女の子なら、どう足掻いても風子に勝てるわけない」
「……つまり、俺のやっていることは無意味だと言いたいわけだ」
「うん。あと、可哀想だなって思ってる。無駄なことなんてしなくていいのに」
なるほど。湾内さんは、俺の邪魔をするつもりはないようだ。
警戒していたが……この飲み物も、別に他意があったわけではないのだろう。
「悟。親切心から言ってあげるけど……日向を狙うのはやめた方がいいよ。あの子は才賀しか見えてないからね。傷心につけこんで仮に付き合えても、才賀のことをずっと引きずるタイプだから」
「――いや、待て。なぜそうなった」
俺が氷室さんを狙っている。
そう、湾内さんは勘違いをしているみたいだ。
……変に優しい理由はこれか。
俺が報われない恋をしている、と思っていたらしい。
「え? 風子のことは諦めて、ヤケクソになって才賀への復讐のために幼馴染を寝取ろうとしていたんじゃないの?」
「そんなエロ漫画みたいなことがあるか」
ふざけてるのか、この小娘は。
からかわれているのならまだ良かった……しかし、湾内さんは本気でそう思っていたのだろう。
キョトンとした表情を浮かべていた。
「は? 日向の顔と体目当てでしょ?」
「違うが」
「だからエッチな動画とか撮って、夜に再利用して――」
「おい、これ以上は口を閉じろ……君の考えていることは全部勘違いだからな。俺は真田みたいに下半身に脳がついているわけじゃない」
下品なことは触れたくないので、さておき。
ボランティアの意味は、そういうことか。
どんなに下心があっても、氷室さんから返礼はない。俺の気持ちはボランティアにしかならないよ、という意味だったらしい。
「……なーんだ。心配して損しちゃった」
「心配していたなら、もう少し分かりやすくしてくれ」
あと、心配の方向性がズレすぎている。
見返りがないからやめた方がいいのなら、見返りがあればやってもいいということになるぞ。
そんな下心と打算で動くわけないだろ。
「というか、君が俺のことを心配するなんて……悪い食べ物でも食べたか?」
「そんなに驚かなくても良くない? あたし、意外と悟のことも気に入ってるんだって」
「おもちゃとして、だろ?」
「うん。お気に入りのおもちゃなんだから、大切に保管してあげないとね~」
……まぁ、敵意がないのならいいか。
ズレているが、彼女なりに俺を助けようとしていたみたいなので、少し警戒心を解いた。
性格は悪いが、悪い人間ではないんだよな。
それがまた厄介だ。嫌いになりきれないのである。
真田みたいに生粋のクズ野郎であれば、ある意味では楽なのに。
変に良いところがあるせいで、こうやって交友が発生してしまうんだよなぁ。
湾内さんのことは、完全に無視することができないのだ。
「あと、日向のことは普通に嫌いだから、あたしのおもちゃを渡したくない」
「女同士の争いに巻き込まないでくれ」
「あんたが日向と付き合ったら、あの子が少し幸せになっちゃうじゃん? 悟ならきっと、多少は傷も癒やしてあげられるだろうし……そんなの、絶対にやだっ」
「なんで君は俺のことをそこそこ評価しているんだ……やりにくいんだが」
「才賀がいなかったら、普通にあたしが食べてるレベルだもん。だって、こんなに性格が悪いあたしが素を出しても平気そうじゃん? そんなオスがこの世に多いわけないし」
「オスって言うな」
あと、食べるという表現も生々しいからやめてくれ。
まったく……見た目に反して、わんこちゃんは肉食系だった――。
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