第百三十話 愛人でちょうどいいタイプ
……冷静に考えてみたら、彼女が俺の行動を把握していないわけがないか。
何せ、興味を持った対象について過剰に知りたがるストーカー気質の少女なのである。
俺の家の住所も把握されていたので……氷室さんとの密会も、何かの拍子にバレていたのだろう。
「はい、あげる」
「……珍しく気が利くな」
いきなり飲み物を手渡されて、少し戸惑った。
世界でもっとも有名な黒い炭酸ジュースである。歴史は古いのに製造方法は未だに秘匿されているらしい。つまり、製造方法を見つけて特許を出せば大金が――いや、そんな雑学はどうでもいいか。
甘いジュースは好みではないが、差し入れなので手を付けないのは逆に申し訳ない。
タブを開けて、一口飲んだ。少量であれば、甘味も美味しく感じる。ただ、大量に摂取すると少し気分が悪くなるので、少しずつ飲ませてもらうことにしよう。
「で、何が目的だ?」
彼女は決して優しい人間ではない。最上さんからの差し入れなら純粋な好意だと思えるが、湾内さんは何か裏があるのではないかと思ってしまった。
「目的なんてないけど? 普通の差し入れだから」
「嘘をつくな。君がそんな好意的なことをするわけがないだろ」
「……んふっ♪ そうやって警戒してくれると、嬉しくなるからやめてくれない? あんまり興奮させないで」
逆に言わせてくれ。勝手に興奮するな。
なんだこの子は……相変わらずの湾内さんである。白けた目を向けると、それが更に悦ばせる結果になるので、無感情でいるように心がけた。
「てか、あたしは別に、佐藤……じゃない。風子がいないから、悟でいっか。悟のこと、嫌いじゃないし」
俺の名前を把握している数少ない存在でもある湾内さん。
最上さんの前では、彼女に敵視されないよう猫をかぶっているが、俺の前では本性を曝け出す。
幼い見た目に反して腹の中はドス黒く、小賢しく、狡いタイプなので、警戒はやはり必須だ。
「後で百倍返しなんて要求されても困るぞ」
「そんなに怯えなくても良くない? 別に目的なんてないけどにゃ~。ただ、あれかな? ボランティア料って感じ」
どういう意味なんだ。
意味が分からずに、缶を握ったまま彼女を見つめていると、湾内さんはやれやれと肩をすくめた。
「絶対に勝ち目のない日向に同情して、手を貸してあげるなんてすっごく健気でしょ? 絶対に報われないのに一生懸命力を貸してあげるなんて、ボランティア以外の何なの?」
……やっぱり揶揄だったか。
ボランティアのつもりなんてない。俺は、俺の目的を果たすために、氷室さんに手を貸しているだけだ。
しかし、湾内さんにはそう見えないようで。
「――あたしでさえワンチャン勝てるレベルの女の子が、風子に勝てるわけないじゃんw」
冷ややかな言葉だった。
他者の努力を無意味と嘲笑している。第三者的立ち位置からマウントを取って見下すことで、気持ち良くなっているのだろう。
今更、彼女の性格が悪いことはどうでもいい。
文句なんてない。ただ、言葉の内容を吟味して考えてみると、彼女の真意がようやく理解できた。
「そういえば、湾内さんは夏休みまでは普通に真田を狙っていたよな」
「うん。まぁ、あんまり相手にされてなかったけどね~。ほら、あたしってロリ体型でしょ? 才賀はロリコンじゃないから、誘惑とかしても全然ダメだったなぁ」
「誘惑とかするなよ。高校生なんだから健全な恋愛をしてくれ」
「うーむ。やっぱり、あたしって味変程度の女の子なんだろうね。たまに食べるにはちょうどいいけど、毎日食べると癖が強くて胃に負担がかかる、みたいな」
「……言い得て妙だな」
分かりやすいたとえだった。
湾内さんはたしかに、主食に置き換えるのは難しいだろう。
最上さんがお米だとすれば、湾内さんはガーリックライスだ。たまに食べると美味しいが、毎日はきつい。
「だから、愛人がちょうどいいんだろうなって」
「『愛人でちょうどいい』という表現を自分に使うな」
そんな悲しいこと言ってほしくないのだが。
本当に彼女は、こじらせてしまっていた――。
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