第百二十九話 久々のメスガキわんこちゃん
――思うように伸びないな。
SNSのアカウントに表示されているフォロワー数を見て、ため息が零れそうになる。
氷室さんを正ヒロインとして復権させようと思って始めたアカウントだ。開始して一週間ほどは将来性を見込めた数字が出ていたが、二週目に入って一気に鈍化した。
もちろん、氷室さんの努力不足だと思っているわけではない。
むしろ彼女自身の素材は良い。見た者を惹きこむ華もある。それでもなお数字が伸びないということは、俺のリサーチ不足や編集の技量不足があるのだろう。
一応、やれることはやっているつもりだが。
「サトキン。調子はどうなの?」
「調子は……まぁまぁだな」
夕方の河川敷で、氷室さんの問いに俺は曖昧な返答しかできなかった。
今日は動画の撮影はしていない。経過報告程度で、十分もしたら解散となるだろう。
最近はここで撮影をすることは減った。前にさやちゃんが助言してくれたように、場所を変えた方がいいと助言されたからだ。
以降、色々と試してみた。
学校の屋上や空き教室、それから公園などでも試してみた。反応は悪くなかったものの、それでも数字の変化は鈍い。
もちろんエロ売りも忘れていない。
ちゃんと際どい動画を撮影しているので、一定数の男性フォロワーは増えたように思う。
でも、期待したほどではないというのが正直な気持ちだった。
現在のフォロワーの数は、1800人ほど。
もちろん、二週目でこれは上出来だと思う。何の魅力も発信力もない俺には、人生を費やしてでも達成できない数字だろう。
ただ、氷室さんのポテンシャルにしては、やはり低く感じてしまった。一万くらいは余裕で超えたいが……先は遠そうだ。
「まぁまぁ、ね。じゃあ、引き続きよろしくということで」
「ああ、分かった」
一方、氷室さんも動画の撮影に慣れてきたのか、最近は淡々としている。
エロ売りを始めた当初は恥ずかしがるそぶりも見せていたが、今はもう何も感じないのかもしれない。俺にパンツを見られても反応することはなくなっていた。
……あまり、良くない状況かもしれない。
作業が事務的になりかけている。氷室さんの情緒に動きがなくなっていることを、俺は危惧していた。
感情が見えていた最初の動画と比較したら、今の動画は……やらされている感じが強い。
数字の変化も大きくない今が、もしかしたら最大の難所なのかもしれない。
もっと、彼女のモチベーションを上げる方法を探すべきか。
それとも、俺の技量を問題視するべきか?
あるいは、トレンドをもっと調べて……と、氷室さんが帰宅した後もしばらく河川敷で考えていた、その時だった。
「――だーれだっ」
不意に、背後から目が覆われた。
同時に背中に思いっきり体当たりされて、その胸板の薄さと声質ですぐに正体は分かった。
だが、別に会いたくない人物だった。
「……知らん。じゃあ、俺は帰るから」
「は? なんで胸を押し付けてるのに照れないわけ? 才賀だったらもっと動揺しながら鼻の下を伸ばしてるけど。あんたってちゃんとついてるの?」
何の話だ。
ついているに決まっているだろ。まったく……相変わらず、下品な小娘だった。
「なぜここにいる……湾内さん?」
頭が痛くなったので、こめかみを押さえながら振り向くと……やはり、金髪ツインテールの小娘がいた。
制服姿の彼女は、俺を見てニヤニヤと笑っている。メスガキがよく浮かべるタイプのナマイキそうな笑顔だった。
「むしろ、なんであたしがここに来ないと思ったのかにゃ?」
「俺は別に何もしてないぞ」
「嘘つき~。日向に手を出してたくせに~」
……どうやら、俺の情報は把握されているようだ。
まさか、こいつ。
「またストーカーしてたのか」
「うん!」
「笑顔で頷くな。自分が悪いことをしているという自覚はないのか?」
「ありませ~ん。ばーか!」
悪意なく悪いことをするなよ。
まったく……全然かわいくなかった。
無邪気さがかわいいのは、善良な子の特権だろう。
最上さんとか、さやちゃんなんかは、無邪気さが魅力につながるのだが。
しかし、湾内さんのような無邪気に邪悪な人間は厄介なだけである。
あの二人が恋しいなぁ。
特に、湾内さんは見た目だけは幼いので……さやちゃんを無意識に連想してしまう。
あの子の方が何倍もいい子だ。こっちは年齢を重ねている分、かなり狡猾で小賢しいので相手にしたくないのだが。
「――日向なんかに手を貸しても無意味なのに、よくこんなことするね~。あんな『ニセモノ』が、才賀のお嫁さんになれるわけないじゃーん」
ほら。やっぱり。
彼女は、こちらを小馬鹿にしたように冷笑している。
どうやら、俺のやろうとしていることも彼女には筒抜けだったらしい。
その上で、今まで邪魔されなかったということは……つまり、俺の行動が『取るに足らない』と思われていたということみたいだ――。
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