第百二十八話 モブ子ちゃんはもういない
「最近、気付いたの。佐藤君が好きなものを、わたしも好きになるんだなって」
今、最上さんはかなり上機嫌なのかもしれない。
ふわふわした表情で、心の内側を赤裸々に語っている。
そういえば最近は学校でばかり会っていたせいか、周囲の視線が多くて気が休まる時間があまりなかった。
だからなのか、こうやって胸襟を開けて思いを語り合うのは、随分と久しぶりな気がする。
今、最上さんが紡いでいるのは、彼女の本音だ。
一言一句、全ての思いをちゃんと聞き取ろうと思った。
「ラーメンもそうだし、バニーガールの恰好も、すごく魅力的だなって感じてたよ」
「まぁ、この二つは素晴らしいからな。俺が好きじゃなくても、最上さんだって好きになれたはずだ」
「えー。どうかなぁ……わたしは、あんまり挑戦的なことはしない性格だから。きっと、手を出せないまま、魅力を知らないまま人生を送っていたと思うよ?」
ラーメンを知らないまま人生を終わるなんて、もったいない。
バニーガールは……あれだ。男の夢みたいなものなので、普通に生きていたら無縁かもしれないが。
しかし、ラーメンは食べないと損だ。そういう過激な思想を持っている俺としては、彼女にラーメンを伝道できて本当に良かったと思った。
「好きなものが増えるのはいいことだ。年齢を重ねると、なかなか新しい物を受け入れられなくなるからな」
「あはは。佐藤君はわたしと同級生なんだから、まだそんなこと考えなくていいんじゃない?」
まぁ、精神年齢はアラサーなのだが。
しかし肉体年齢は若々しい高校生だ。たしかに、おじさんくさいことを言っても似合う年齢ではないな。
「佐藤君は、考えがハッキリしてるよね。何が好きで、何が嫌いなのかが、ちゃんと分かっている。そういうところが、わたしはすごく……いいなぁって思う」
「褒めすぎだ。俺は見た目通り、どこにでもいる普通の人間だぞ。みんなも似たようなものだろ」
「ううん。だって、わたしはまだ好きとか嫌いとか、あんまり分からないもん」
……この子なら、そうなるか。
何せ、今までは好きか嫌いか選べるような立場にすらいなかった。
与えられたものを受け入れることしかできなかったのだから、価値観なんて存在しなかっただろう。
だからこそ、俺のハッキリとした物言いを彼女は評価してくれるのか。
「でも、最近は少しずつ分かるようになってきた。佐藤君が好きなものを一緒に楽しめて、本当に嬉しい……ラーメン屋さんとか、喫茶店とか、買い物とか、お勉強とか、色々と佐藤君から学んでいるの。だから、すっごく感謝しているんだよ?」
「……そうか。それは、良かった」
もし、最上さんの幸せの一部分を担えているのなら。
俺だって、それはとても嬉しいことだった。
大好きな存在から認められているのだ。当然である。
でも……もしかしたら、最上さんの気持ちは俺以上なのかもしれない。
「佐藤君が好きになってくれたから、わたしは『わたし』のことも、少しずつ好きになってきてるのかもしれないなぁ」
その一言に、俺はつい足を止めてしまった。
「…………」
無言で、彼女を見つめた。
だって、その一言は――ずっと求めていたものだったから。
「ん? あれ、佐藤君? どうかしたの?」
突然俺が立ち止まって、最上さんはきょとんとしている。
彼女としては、何気ない一言だったらしい。別に深い意味はなく、日常会話の一部だったのだろう。
それが余計に、嬉しかった。
『わたしなんて』
口癖のようにそう呟いて、全てを諦めていたあの時とはもう違う。
自分をちゃんと認めて、受け入れて、好きになって……なるほど。だから最近、彼女の魅力が増しているのか。
自己否定をやめたことが、彼女に良い影響を与えている。
そういえば、最近の最上さんはずっと明るい。笑顔も多いし、胸を張って生きている。
その結果、多くの人を魅了するヒロインへと覚醒した……というわけか。
なるほど……うん。やっぱり、嬉しいな。
「……ちょっと靴紐がほどけてるから、結んでいいか?」
「うん、いいよ~」
そう取り繕って、下を向く。
その際に、目元をグッと拭った。涙は出ていないが、少し瞳が潤んだので念のために。
この程度で泣いていると彼女に気付かれたくない。
だってもう、最上さんが自分を好きでいることは『当たり前』になっている。
だったら、いちいち感動する意味なんてない。だってそれは、日常なのだから。
「――よし、行こう」
「はーい」
ほどけていなかったが、しっかりと靴ひもを結びなおしてから再び立ち上がった。
もう表情はいつも通りに戻っていたのだろう。最上さんは俺の異変に気付いた様子はない。ただ、幸せそうに笑ってついてきてくれた。
やっぱり、彼女はもうモブ子ちゃんではない。
今は立派な『最上風子』という一人のメインキャラクターだった――。
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