第百二十七話 尽くすタイプのヒロイン
今日は最上さんも疲れただろう。
そう思って、バスから降りてすぐに解散にする予定だったのだが。
「佐藤君。おなか、空いてない?」
「ん? まぁ、ほどほどだな」
「じゃあ、どこかで食べない? わたし、実はお昼ごはんを食べてなくて……たとえば、ラーメンとか?」
そう言った瞬間だった。
『ぐ~っ』
腹の虫が鳴き声をあげた。
発生源はもちろん、最上さんのお腹である。
「あ、これは、違くてっ」
「いや、違うことはないだろ」
恥ずかしいのだろうか。
慌ててお腹を押さえているが、無駄な抵抗だった。
「ラーメン」
『ぐ~っ』
「……い、言わないで」
ラーメンという単語でお腹が鳴る。まるでスイッチだな。
空腹なのは事実なのだろう。ラーメンを想像しただけで、胃が『早く食わせろ!』と訴えるらしい。
「お昼ごはん、ちゃんと食べないとダメだぞ」
「でも、今日はバニーガールになる日だったから……ダイエットしてて」
「その努力は素晴らしいが」
でも、今くらいのスタイルの方が俺は好みだな。
もちろん、彼女が俺の目を意識してダイエットしていたという気持ちは伝わっている。俺のためにしていたのだから、そこを責めるつもりはない。
ただ、痩せることが絶対的な正義だとも思ってほしくない。
バランスが大切なのだ。太りすぎていても、痩せすぎていても、ちゃんと本人に合った理想のスタイルが存在する。最上さんは今が黄金比なのだから、変にスタイルを変えなくていい。
だからこそ、やはり……行くしかないか。
「――空腹時に食べるラーメンが一番美味しいからな」
そして最上さんにしっかりとエネルギーを補給してもらう。
ラーメンは完全食だ。ビタミンとか必須アミノ酸とか足りてないが、それを補うカロリーと塩分と脂肪分がある。栄養素の補給には向いていないものの、エネルギーは過剰なほどに摂取できるので、今の最上さんにちょうど良い……とは言えないが、まぁとにかく食べさせたかった。
「うんっ。あ、今日はわたしのお金を出すから、好きに食べてね?」
「いや、別に自分で出すぞ。最上さんはお小遣いを自分のために使ってくれ」
「大丈夫! これは、日頃のお礼だから」
「日頃のお礼なら、さっきバニーガールを見せてもらったが」
「あ、あれは、お礼なのかなぁ……とにかくっ。わたしは佐藤君にすごく感謝しているから、これくらいさせて? そうじゃないと、気がすまないよ」
……いい子だなぁ。
こんなことを言われて、嬉しくない人間なんていない。
「じゃあ、ありがたく奢ってもらおうかな。ありがとう」
「いえいえ。こちらこそ、いつもありがとうだよっ」
そう言って、最上さんが笑った。
心から幸せそうな笑顔である。
真田の前ではもちろん、尾瀬さんや湾内さんにすら見せない、満面の笑顔である。
こんな表情を見せるのは……俺だけ、なんだよなぁ。
「今日は佐藤君の笑顔がたくさん見られて、本当に楽しいなぁ」
あれ。俺も自然と、笑っていたらしい。
最上さんに指摘されてようやく気付いた。
「……俺が笑うと、楽しいのか?」
「うん。やっぱりわたしは、佐藤君のために何かしているとすごく幸せだなって感じた。バニーガールの衣装も恥ずかしかったけど、佐藤君のためなら耐えられたし……あなたのためなら、なんでもできるんだなって」
ラーメン屋に向かって歩きながら、彼女は語る。
軽やかな足取りだった。機嫌はとても良さそうである。
まるで、俺と一緒に歩いている今この瞬間が、幸せで仕方ないと言わんばかりに。
「わたしって、尽くすタイプなのかも?」
「まぁ、尽くされるタイプではないのは間違いないな」
「……佐藤君も尽くすタイプでしょ?」
「俺は――どうだろう」
あまり考えたことはなかった。
しかし、彼女の言う通りかもしれない。
「尽くされてばかりだと、息が詰まるかもしれないな」
「やっぱりそうだよね。だからこそ、わたしもたくさん尽くしたいって思うんじゃないかな? だって、いっぱいお返しをしてくれるもん」
優しさを与えて、優しさをもらう。
その相互関係に、最上さんは心地良さを覚えているのだろうか。
……いや、俺もそうだな。
彼女が受け入れてくれるからこそ、つい色々と手を出してしまう。
時には余計なお世話になるようなことでさえ、だ。
ただ、それすらも最上さんは喜んでくれる。
挙句の果てには、俺の幸せを我が事のように喜んでくれるまでになっていた――。
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