第百二十六話 覚醒させた者の責任
ああ、楽しかった。
バニーガール鑑賞会、および撮影会を終えて。
大満足そうな尾瀬さんにお礼を言って別れた後、俺と最上さんはバスに乗って帰宅していた。
「うぅ……な、なんか、大切な何かが壊された気がする……」
バスに揺られていると、隣の最上さんが小さく呟いて俺をジトっとした目で見つめてきた。
前髪の隙間から、サファイア色の瞳がこちらをまっすぐ見つめている。
恨みがましそうな視線ですらかわいいな。
「尊厳破壊というやつか?」
「そこまでじゃない……よね?」
「さぁ、どうだろう。最上さん次第だな」
最上さんが屈辱的な気持ちを感じていたのなら、それも成り立つかもしれない。
ただ、こうは言っているが彼女がなんだかんだ楽しんでいたことを、俺は見抜いている。
「嫌だったか?」
「嫌とは、言ってない……よ」
やっぱりな。
じゃあ、尊厳破壊にはならない。ただの羞恥プレイで……いや、それはそれでどうなのだろうか。
まぁ、楽しかったのでなんでもいいや。
「前は誰かに見られることが怖かったのに、不思議だね」
……たしかにその通りだ。
つい数ヵ月前まで、この子は他人の視線を極端に恐れていた。
前髪を長くしていたのは、誰からも自分の視線が見えないようにしていたからであり、誰かの視線を遮るためでもあったのだろう。
今ではすっかり、そういった臆病さは少し弱くなっている。
ただ、時折その片鱗を俺は感じている。
(最上さんは、他人の気持ちに敏感すぎるな。特に好意に対しては断れない……まぁ、俺が言うのは変な話か)
強引に迫っている側なので、自分のことは棚に上げているかもしれない。
ただ、言い訳になると思うが、俺は別に彼女を陥れたいわけではないということも、明言しておこう。
(やっぱり、この子は――危うい)
実は、少し気になっていたことがある。
それは『彼女がなぜモブ子ちゃんとして生きていたのか』ということだ。
もちろん、漫画の配役だと言われたらそれで考察は終わる。
ただ、俺はこの世界を現在進行形で生きているので、漫画だからという論理で片付けるわけにはいかない。
整合性が必要だ。
彼女がモブ子ちゃんとして過ごしていた理由は、何か。
その問いに対する仮説を、今回のバニーガールイベントで見つけていた。
それは――自分を守るためだったのではないか、ということだ。
(他人との交流を回避していたおかげで、他人に利用される機会もなかった。誰からも干渉されなかったおかげで、こんなに善良で優しく育った……のかもしれないな)
これは、転生前の話だが。
高校生の頃に、心優しい友人がいた。気は弱いが誰に対しても丁寧で、いい奴だった。
しかし、就職して数年ぶりに再会した時、彼はマルチの会員になっていた。
久しぶりの連絡が勧誘のためだったと気付いて、すごく寂しくなったのをよく覚えている。
もともとは友人だったので、俺は勧誘こそ断ったが彼自身を否定しなかった。
ただ、悲しくはあった。
あの優しさが、誰かに利用されてしまったのだろう。
誰に対しても丁寧でいたからこそ、詐欺師を強く否定することもできなかったのかもしれない。
もし、彼の周囲にいる人間がもっとまともで、誠実だったら……きっとマルチになんて引っかからなかっただろう。
優しいことはいいことだ。しかし同時に、それは臆病さの裏返しでもある。
そして、搾取することに抵抗がない人間は、そういう人間を狙って食い物にする。
『騙された方が悪い』
そんな暴論を正当化している人間が、この世界には存在しているのだ。
だから、彼女の未来が怖くもあった。
最上さんもきっと、悪い人間に利用されてしまうタイプの人間だ。
今までは、自らを目立たせないことによって自己防衛してきたが……俺が無理矢理、彼女を表舞台に引きずり出した。
それが良かったことであったと信じている。
しかし同時に、彼女の人生を変えてしまったとも、感じていた。
今はまだ、俺が隣にいて防波堤になれるからいい。
自分で言うのもなんだが、俺は悪意が一切ない。
たまに、今日みたいに欲望を発散することはあるが……決して、彼女の心身を傷つけるようなことはしないと、断言できる。
でも、俺がいなくなった時、彼女はどうなるのだろうか。
そう考えると、少し寒気がした。
(他人に都合良く扱われる存在になりそうで、怖いな)
そんな結末だけは、絶対に許したくない。
でも、最上さんにはその素養があるから、危うかった。
(やっぱり、クズ野郎を許容する属性が付与されている)
たとえば、俺の立ち位置に真田がいたとしよう。
もしそんなルートがあったとするなら、彼女は恐らく真田さえも受け入れていたはずだ。
そういう性格に、設定されているのだ。
油断すると、彼女が不幸なまま物語が終わる可能性が明確に存在している。
だから俺は、彼女がちゃんと幸せになれるように、努力しよう。
それが、彼女の覚醒を手引きした者の責任だと思った――。
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