第百二十二話 で、でっか
とりあえず、二着選んでから最上さんには着替えてもらうことにした。
今、彼女は衣裳部屋で着替えてもらっている。
その間、俺は尾瀬さんと彼女の部屋で二人きりだった。
「……ここだけ別世界みたいだな」
先ほどまで周囲に広がっていた『和』の空間は、もう面影すら残っていない。
一面のフローリングに、天井にはシャンデリアが吊り下がっていて、キングサイズのベッドまである。クローゼットや、それからティーテーブルまで設置されていて驚いた。衣裳部屋まであるし、やはりご令嬢の部屋はすごい。
もちろん、この異常な広さも驚いている理由に含まれている。
学校の教室くらいだろうか。両開きの扉を開けると、そこからは木造の廊下が広がっているのに……ここはお城の一室みたいだ。
「わたくしの要望ですわ。幼い頃は海外で暮らしていたので、この雰囲気が慣れていますの」
「へー。そうだったのか」
知らない設定だった。
この漫画、二巻で打ち切りになったから、メインヒロインの尾瀬さんだろうとキャラの深掘りが浅かったんだよな。
さやちゃんが実は人気インフルエンサーだったことといい、色々と裏設定が開示されて面白い。
そういえば、尾瀬さんが実は極道の娘である、というのも初情報だったのでびっくりした。
「帰国子女というやつか?」
「そうなりますわね。ただ、幼い頃はこうそ……う? みたいなもので日本にいると危ないと言われていて、お母様と一緒に海外生活をしていましたのよ」
抗争というワードを日常のワンシーンで使わないでほしい。
普通に反応に困った。
「た、たいへんだったんだな」
「そうでもありませんわ。海外ではのんびり暮らしていましたの」
……ふむふむ。
彼女の容姿が西欧風なのに、名前が『尾瀬』という和風なことも気になっていたのだが、そういうことだったんだ。
容姿も縦ロールで西欧人形風だが、海外での生活が長かったのなら、その影響だろう。色々と設定が繋がって面白いな。
まぁ、彼女の情報を聞いても、実はずっと上の空なのだが。
「そんなことより――風子さんはまだですの? わたくしのことなんてどうでもいいですわっ」
本人も言っていた。
今までの雑談はただの暇つぶしでしかない。
俺と尾瀬さんは、着替えている最上さんを今か今かと待っていた。
ただ、着替えに手間取っているのか……あるいは、恥ずかしがっているのか。
最上さんがなかなか衣裳部屋から出てこない。
実はもう、十五分ほど時間が経過している。
さすがに少し遅かったので、尾瀬さんと俺はそわそわしていた。
「どうする? 様子を見に行くべきか?」
「許しませんわ。庶民が風子さんのお着換えを覗くなんて、そんなはしたない真似を認めるとでも?」
「いや、もちろん尾瀬さんが行くに決まってるだろ」
「わ、わたくしが!? そ、それならまぁ、よろしくてよ。わたくしが様子を見に行って……ぐへへ」
「あ、やっぱりダメだ。君はちょっと危ない」
尾瀬さんの熱狂的な愛情が暴走しないとも限らない。
ただ、ちょっとだけ最上さんが心配なのも事実だ。室内で体調が悪くなって休んでいる、という可能性も存在する。
だから、うん。
「一緒に見に行くか?」
「……そうですわね。一緒に行けばよろしいですわ」
口実は完璧だ。
俺と尾瀬さんは『スケベなバニーを見たい同盟』を結んでいる。この一点でだけは意見が合致するので、お互いに頷いてから立ち上がった。
二人で歩調を合わせて、ゆっくりと衣裳部屋へと向かう。
ノックをする予定はない。いきなりドアを開けて、それから突撃――しようとした瞬間だった。
『ガチャッ』
俺と尾瀬さんが衣裳部屋の前に到着すると同時に、あちら側から扉が開いた。
そして出てきたのは――スケベなバニーさんだった。
「「「あ」」」
三人の声が同時に重なる。
ただ、その声の反動で……ぽよんと、バニーさんの谷間が揺れた。
で、でっか。
でかいな。
なんだこれは。
でかすぎるだろ……!!
「「「――――」」」
次に、音がなくなった。
誰も、何も言わない。
俺も、尾瀬さんも、最上さんも、みんな口を閉ざしている。
ただし、視線だけはそれぞれ違った。
最上さんは恥ずかしさのせいか、明後日の方向を見ている。
俺は胸元を見て、そのサイズのでかさに驚愕している。
そして尾瀬さんは、最上さんの後ろに無言で回りこんで、お尻をジッと眺めていた。
……そんな時間が、十秒ほど経過して。
『ぱち、ぱち』
拍手の音が、響いた。
手を鳴らしているのは、俺だけじゃない。
尾瀬さんも一緒に拍手していた。
別に事前にそう取り決めていたわけじゃない。
ただ、思わず拍手したくなってしまうほどに……素晴らしいバニーガールだったのだ――。
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