第百二十話 バニーなら網タイツ一択
案内されたのは、六畳ほどの和室だった。
畳張りで、扉はもちろんふすまの引き戸である。縦ロールのお嬢様とは合わない光景だ。
客間、というやつだろうか。座布団の上で正座していると、使用人と思わしき和服のお姉さんが音もなく現れて、お茶を出してくれた。湯呑に入った煎茶だ……な、なんかすごい。
「お母様が西欧の名家出身ですのよ。お父様に一目ぼれして家出同然で日本に来て、強引に結婚したらしいですわ」
俺たちが、色々と気にしていることを尾瀬さんは察していたのか。
出された湯呑を優雅な作法で飲みながら、自らの生い立ちについて説明してくれた。
「立派な屋敷だな」
「古めかしいだけですわ。断熱材のない作りで、夏は暑いし冬は寒くて……本当は家全体を改築したいのに、お母様が日本の文化大好き人間で、絶対に認めてくれませんの」
まぁ、文化を守るのは大切か。
もはやこういう和風建築は珍しい。たしかに、ここを改築するのはもったいない気もする。
とはいえ、住んでいる当人からすると色々不便もあるみたいだが。
「でも、わたしは好きだよ。なんだか、平安時代の日本みたいで心が安らぐなぁ」
「ふ、風子さん……! 素敵なお言葉、感謝しますわ。その一言だけで、わたくしは報われますの」
最上さんは結構気に入っているようだ。
たしかに、静謐さを醸し出すこの家屋と清楚な最上さんには合っている。
和服姿なんかも良いかもしれない……って、それは少し目的がズレている。
今日は、バニーガールの日なのだ。
「うーん。和室でバニーガールか……」
最上さんには合うが、バニーガールには合わない気がした。
畳の上よりも、ベッドの上の方がバニーガールは映える。ピンク色のネオンの光なんてあったら更に良い。いかがわしさがより強調されることだろう。
「え、えっと……今日は中止にして、尾瀬さんの家を楽しむ日にするなんてどう? わたし、庭園も見てみたいし、あっちの池も気になってて……」
「「ダメ(ですわ」」
最上さんのやんわりとした誘導に、しかし俺と尾瀬さんは声をそろえて否定した。
スケベなバニーを見たい同盟を結んだ二人は、この点でだけ息がピッタリだ。
「そういうことは後でやろう。とりあえず、最上さんのバニーガールを見てからだ」
「もちろんですわ。ちなみに、わたくしの部屋だけは無理を言ってリフォームしてもらっていますの。洋室で、キングサイズのベッドもありましてよ」
「お。それはいいな……! バニーガールに映えそうだ。あ、ちなみに動画って撮っても大丈夫か?」
「後でそのデータをわたくしにも転送するのなら、構いませんわ」
「感謝する。それじゃあ、早速――」
「――ちょ、ちょっと待って!!」
いいや。待たないね。
二人で勝手に話を進めていたので、最上さんが制止しようとしたが……もう俺たちは止まらない。
「……お嬢。頼まれていた『ブツ』をお持ちしやした! どうぞ、お受け取りくだせぇ!!」
ちょうどタイミングよく、強面のおっさんがハンガーラックを丸ごと持ってきてくれた。
そこには、黒くてテカテカした素材で作られた、バニーガールの衣装がいくつもハンガーで吊るされていた。
「ほ、本物だ……!」
「最上級の『ブツ』を用意しましたの……もういいですわよ。ここに置いて立ち去ってくださいまし」
「へい! 失礼しやす!!」
強面のおじさんを早々に追い払って、立ち上がる尾瀬さん。
俺も続いて、ハンガーラックの方に近寄って、バニーガールの衣装をしっかりと観察した。
「こうして見ると、色々あるな」
意外と種類が豊富であることに、まず驚いた。
レオタードっぽい一般的な形状はもちろん、スカートタイプもある。水着みたいなセパレートみたいになっているものもあった。ただ、胸元はどれも開いていて、あまり差異はない。それから、耳の種類は更に豊富だ。大きめだったり、途中で折れていたり、あるいは垂れていたり……どれが最上さんに似合うだろうか。
頭の中で色々と組み合わせを考えながら、視線を動かす
そして、俺は見つけてしまった。
「網タイツ……!!」
格子状の、防御力が限りなくゼロに近い衣服。もはや布……いや、これはただの糸だった。
足元の種類も色々あって、ストッキングやニーソックス、それから色違いもたくさんある。
ただ、その中でひときわ目立っていたのが、黒の網タイツだ。
「最上さん、これだ。これにしよう!」
網タイツを握りしめて、最上さんに差し出す。
それを見て、彼女は顔をさらに赤くしてしまった。
「そ、それだけを着るのは、さすがにちょっと……上も、できればあると嬉しいなぁ」
「これ『だけ』とは言ってないが」
網タイツだけ着てほしい、とお願いされたと勘違いしないでほしい。ただの変態じゃないか。
あと、断り方が弱いぞ。『さすがにちょっと』というレベルの否定なら、強引に押せば通りそうで怖かった。
もちろん俺は真っ当な人間なので、そういうことはしない。
でも、バニーガールは絶対に着せる。しかも網タイツで、だ!
そんな俺の夢が、ついに実現しそうだった――。
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