第百十八話 尾瀬一家
尾瀬家の場所は最上さんが知っているらしい。
「住所を教えてもらったの。ちょっと田舎寄りらしいから、移動に時間がかかるって言ってたよ」
バスに乗り込んでから、雑談の中でそんな会話を交わした。
週末。最上さんと二人でバスに乗るのは、なかなか青春を感じる。
転生前の青春は工業高校で過ごしたせいで灰色だった。あの時代と比較すると、このシチュエーションだけでもう楽しかった。
まぁ、工業高校の日々も嫌いではなかったが……毎日が下ネタばかりだったなぁ。騒ぐタイプの人間じゃなかった俺ですら、日常会話の半分は下ネタだった。工業高校なんてそんなものである。
「うさぎちゃんの住んでいるところって、どんなところなんだろうね。実は、前々から気になってて……」
「ご令嬢だからな。たぶん、大豪邸だ」
お城みたいな、と表現するのは過剰かもしれない。
ただし、尾瀬さんは金髪の縦ロールという、こてこてのお嬢様である。今時、こんなお嬢様は異世界令嬢ものでしか見ないというレベルだ。きっと、住んでいる場所も西洋風の大邸宅だろう。
「楽しみだな」
「うぅ……普通に遊びに行くだけだったら、わたしも同じ気持ちだったのに」
最上さんは朝からずっと顔が赤い。
どうやらバニーガールになることにまだ照れがあるようだ。
ただし、嫌そうではないことも明記しておこう。彼女が嫌がっていたら、当然俺だって中断する。
しかし、どうも見た感じ……最上さんは満更でもなさそうなのだ。
「さ、佐藤君って、バニーガールが好きなんだよね?」
「控えめに言って心から愛している。たぶん、最上さんのバニーガールなんてみたら鼻血を出して倒れるだろうな。それくらい大好きだと断言できる」
「そっかぁ……えへへ。大好きかぁ」
そう言って、にへら~っと笑う最上さん。
本当にかわいいな、この子は。
(俺のため、か)
俺が喜ぶ姿を想像して、それだけで彼女は幸せそうに笑っている。
他人の幸せを、まるで自分のことであるかのように喜べるなんて……やっぱり最上さんは最高だった。
こんな子のバニーガールが見られるなんて。
神様に感謝しなければならないだろう。
なんてことを考えながら、バスに揺られること一時間。
決して短い旅路ではないが、二人でオシャベリしていたせいかあっという間に時間が経過していたようで。
「あ。佐藤君、ここで降りなきゃ!」
「ここなのか? 分かった」
最上さんの慌てた声に導かれて、バスを降車した。
そして、周囲を見渡すと……すごい。一面が、畑だった。
何が植えられているのだろうか。
気になって観察しようと思ったのだが……最上さんが俺の袖をくいっと引っ張ったので、足が止まった。
「バス停から十五分くらい歩く、らしいよ。待ち合わせの時間にギリギリだから、ちょっとだけ急ごっか」
「もうそんな時間か」
待ち合わせの時刻は午後二時。
まぁ、別にプライベートな約束なので多少は遅れても問題ないと思うが、最上さんの性格的にそれは許せないのだろう。少し慌てていたので、俺も彼女に続いて足を速めた。
「この方角で当たってる――はず」
たしかに、向かっている場所には住宅と思わしき建物がいくつか見えている。
この地域の人々が住んでいるのだろう。密集していたので分かりやすい。
ただ……疑問が一つ。
「大豪邸はないな」
「そうだね。それっぽい建物はないかなぁ」
視線の先には、一目でわかるような豪勢な建築物が存在しない。
見えるのは一軒家か、二階建ての民家ばかり。
金に物を言わせて作ったような、下品な建物がないのだ。
……あ、でも。
一軒だけ、周囲とは色の違う建物が見える。
ただ、あの家は尾瀬さんの家ではないと断言できた。
「あの和風建築の屋敷が、尾瀬さんの家なわけないよな」
その建物は、古風な日本家屋だった。
年季を感じる瓦屋根は風情があって良い。門と塀に囲まれているので詳細はまだ見えないが……少し離れているここからでも見えるくらい、広い敷地である。一階建てだが、横に広がっている建築だ。
「わたしもそう思う……で、でも、住所はそっちの方向かも?」
マジか。
たしかに最上さんは、日本家屋に向かってまっすぐ進んでいる。
そして、ついに門に到着して――確定してしまった。
【尾瀬一家】
門に掲げられた看板を見て、俺と最上さんは目を合わせる。
ま、まさかここって……。
「――おう。兄ちゃん、姉ちゃん、うちの家に何か用か? ジロジロ見てるが、まさかよその偵察じゃねぇだろうなぁ!?」
悪い予感は的中した。
俺たちの到来を、刺客か何かだと勘違いしたのか。
背後から、タバコを咥えたガラの悪そうなおじさんが、こっちにがに股で歩み寄ってきた。
「ひぃっ」
最上さんはすっかり怯えている。
俺の後ろに隠れたので、守るように一歩前に出た……その瞬間だった。
「三下。わたくしの客人ですのよ、言葉遣いにお気をつけなさい」
おじさんとは逆方向。
門がゆっくりと開いて、出てきたのは……おおよそ日本家屋には似合わない、金髪縦ロールの少女。
「お、お嬢!」
彼女を見て、ガラの悪いおじさんは真っ青になっていた。
う、嘘だろ。
尾瀬さんって……極道の生まれかよ――!
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