第百十七話 心がぴょんぴょんしてきた
まずいことになった。
「な、ななななんで、うさぎちゃんに言ったの!?!?!?」
昼休みのことである。
中庭で昼食を食べながら、朝の出来事について雑談交じりに伝えたところ……最上さんが珍しく怒った。
「つい、流れで」
「佐藤君っ……も~っ」
牛さんみたいに声を上げて、彼女はぷんすかとほっぺたを膨らませた。いちいちかわいいな。
愛らしい表情を見ていると、反省の意が削がれてくる。ただ、彼女はどうも異議があるようなので、ちゃんと聞いておきたい。
「すまない。嫌だったか?」
「い、嫌とかじゃないの。ただ、あのね……恥ずかしいのっ」
最上さんはご機嫌斜めである。
気が荒れているのだろうか。先程から俺の脇腹をツンツンとつついている。くすぐったいのでやめてほしい……いや、この程度で彼女の気が休まるのなら、我慢するべきか。
なるほど。恥ずかしいんだな。
だったら、大丈夫だとちゃんと主張しておきたい。
「恥ずかしがる必要はないぞ。数多くのバニーガールを見てきた俺には分かる。最上さんは、めちゃくちゃ似合うはずだ……もっと自信を持っていい。君は、君自身が思っている以上に、でかい。俺からは以上だ」
「待って! い、一個ずつ確認させて? ツッコミどころが多すぎるよっ」
……おお。
あの最上さんが、俺にツッコミを入れている。
出会ったばかりの時はおどおどしていたのに……怒られている状況だが、普通に嬉しかった。
「佐藤君って、バニーガールをたくさん見てきたの?」
「そうだ。イラストでな」
「……そっち!? 実際に見てきたのかと思っちゃった」
「俺は未成年だぞ。最上さんはどうしてそんなにスケベな妄想ばかりするんだ」
「スケベじゃないよ!?」
それはどうだろうか。
今更、清楚ぶるのは無理がある……って、なんだこのセリフは。エロ漫画のクズ主人公みたいだな。
最上さんは今のところ清楚である。ただ、潜在的なスケベ度が高いだけだ。
「あと、衣装が似合うかどうか心配しているんじゃないよ? 友達に見られるのが、恥ずかしいってこと!」
友達、ね。
尾瀬さんとも順調に仲良くなっているようで何よりだ。
そういえば呼び方も『うさぎちゃん』にいつの間にか変わっている。彼女の交友関係が広がっているのは良いことだ。
とはいえ、彼女のセリフの真意を俺はまだ理解できていない。
「俺も友達だよな? 最上さんの大親友だ」
「だ、大親友……!」
「しかも、異性としてめちゃくちゃ意識している。友達のままで終わらせるつもりもない。油断するとすぐに狼に豹変しようとしている危ないタイプだ。男女の間で友情は成立しないという過激な思想も持っている」
「……それはそれで、満更でもないけどっ」
満更でもないのかよ。
ここまであからさまに狙われて照れるのもどうなのか。
純粋すぎて逆に狼になれそうになかった。
飲み会とかで簡単にお持ち帰りされそうなタイプだなぁ。俺がチャラい大学生なら今頃彼女はダブルピースしていただろう。
まぁ、そんな話はどうでも良くて。
「じゃあ、なんで俺は良くて、尾瀬さんは恥ずかしいんだ?」
「佐藤君……同性には見せたくない一面ってあるんだよ?」
「そうなのか」
俺にはよく分からない感覚だった。
そもそも友達が少ないという問題はさておき。
男性同士だと、むしろ同性には隠し事なんて一切しなくていい。飲み会の席なんて下ネタとか営業先の愚痴とか奥さんが不倫してて大変という話とか色々聞かされていた。前者二つはいいのだが、最後のは飲み会で相談してこないでほしい。普通に反応に困るから。
とにかく、女性同士だとそういう関係性にはならないみたいだ。
「なるほど。すまなかった……尾瀬さんには申し訳ないが、後で断るよ」
「……それはそれで、ダメだよ」
「ダメなのかよ」
乙女心は移ろいやすい。
解決型思考なので即座に判断しかけたが、最上さんはどうやら共感の方を優先してほしかったのかもしれない。
「今日のうさぎちゃん……すっごくテンションがおかしかったの。珍しいなと思ってたけど、そういう理由があったんだね。あんなに楽しみにしているのに、断れるわけないよっ」
そう言って、最上さんは小さく笑った。
飲み会の席と一緒か。解決してほしかったわけではなく、少しだけ愚痴を吐き出したかったようだ。
「もうっ。仕方ないなぁ……佐藤君が誘ったなら、いいよ」
呆れたような。
それでいて、どこか楽しそうな笑顔につられて、俺もつい笑った。
「ありがとう」
「えへへ。いいよ、大丈夫」
よし。本人からの了承も得た。
ついにいよいよ、最上さんのバニーガールが見られる。
そう考えると、心がぴょんぴょんしてきた――。
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