第百十話 そんなことさえも知らないなんて
『さやちゃんが一番好きなケーキを選べ』
そんなお題目で、勝負が始まった。
……あれ? そういえば俺は、氷室さんの動画についてさやちゃんに相談していた気がするのだが。
真田の登場のせいでおかしなことになっていた。
……まぁ、別にいいか。アドバイスはすでにもらっているので、今は真田との勝負に集中しよう。
「――書きました。それでは、選んでください」
先程からメニューをジッと見ていたさやちゃんが、ランドセルから取り出したノートに何やら記入した。
そこには、勝負を決するメニュー名が書かれているのだろう。俺か真田がそれを正解できれば、勝ちだ。
……好きなメニューを当てるだけなら、別に書く必要はない気がする。
ただ、事前に書くことで勝負の公平性が担保される。
というか、そうやって不正がないようにしないと、この子は俺が勝つように嘘をつくと思う。それはそれで少し、勝負の見応え的に良くないので、この方式で問題はないだろう。
「……よし。決めた!」
真田がメニューを眺めていたのは、十秒くらいだった。
即断即決。さすが、さやちゃんのことは何でも知っていると豪語するだけあって、迷いはない。
「早いな」
「俺の妹だからな。好きなケーキの種類くらい知っているに決まっているだろ?」
「たしかにその通りだ」
実の兄で、しかも真田兄妹は家に両親がいない。
ずっと二人で生活しているのだ。お互いのことだって熟知していて当然である。
普通に考えれば、真田の発言は何一つ間違っていないのだが。
(はたして、お前は妹のことを本当に理解しているのか)
内心で苦笑しながら、俺もメニューを眺めた。
正直なところ、さやちゃんが一番好きな食べ物を俺は知らない。
甘いものが好きという情報は持っているが、具体的に何が最も彼女の好みなのかは把握していないのだ。
だから、思い出したのは……過去の情景だ。
さやちゃんは、何を食べていた時に最も幸せそうだったか。
相手の顔色をしっかりと見るのは、俺の得意分野でもある。
営業マンの必須スキルだ。自分の都合ばかり押し付けるのではなく、相手の立場で物事を考えてこそ、初めて商談は成り立つ。
だから、その癖で俺は相手の表情をしっかり見ていた。
さやちゃんが一番幸せそうに食べていたのは……やっぱり、あれだろう。
「――俺も決めた。じゃあ、おじいさんに注文するから、さやちゃんは少し席を外してくれるか?」
「分かりました」
と、いうことで。
さやちゃんはついでにお手洗いに行ったので、その間に店主のおじいさんを呼んでそれぞれでメニューを注文した。
「今日は賑やかだねぇ」
「すみません。うるさくしちゃって」
「ほっほっほ。構わんよ、ごゆっくり」
朗らかなおじいさんなので、俺たちのことは笑顔で受け入れてくれていた。
お客さんも偶然……いや、主人公の真田がいるから、都合よく俺たちしか存在していない。なので、多少は騒がしくても、迷惑はかからなかったのだろう。
「「…………」」
ちなみに、さやちゃんがいない間はお互いに一言も会話をしなかった。
もちろん問題は真田にある。さっきから俺を睨んでばかりいる……こんな状態だと会話にならないので、視線を無視して俺は自分のコーヒーを飲んでスマホをいじっていた。
そんなこんなで、さやちゃんも戻ってきて。
また兄妹喧嘩が始まって、それをささやかながらに仲裁していたら、おじいさんがケーキを持ってきてくれた。
「一つずつですまないのう。二つ目はすぐに持ってくるから、もう少し待っててくれるかね?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
まず、おじいさんが持ってきたのは――俺が選んだメニューだった。
「これは……お兄さまですね?」
さやちゃんも、届いたケーキを見てすぐに俺だと気付いたらしい。
それも当然か。だって、届いたのは『パンケーキ』だったのだから。
(初めて出会った時は、もっと無愛想だったけど……それでも、幸せそうに食べていたからなぁ)
俺に対して警戒心が強かった時ですら、パンケーキを食べると表情が変わった。
ここで食べるケーキは基本的に全て美味しそうに食べるが、やっぱりあれは格別だったのではないかと予想したのだ。
「ふっ……パンケーキ、か」
ただ、真田は俺を鼻で笑っている。
まるで『そんなわけないだろ』と言わんばかりだった。
「ふむふむ。なるほど、なるほど」
さやちゃんも勝負を意識しているのか、さほど表情は動さない。
ただ、俺が注文したパンケーキを眺めては、何やら大きく頷いていた。何を考えているのだろう。
さて、真田はいったい何を選んだのか。
待つこと少し。おじいさんが手に持っていたのは……チーズケーキか?
「『レアチーズケーキ』だ! さやはこれが一番好きだろ?」
あれ? そうなのか?
さやちゃんがチーズケーキを注文したことはなかったので、真田の自信満々な態度に俺は驚いていた。
一番大好きなものは、特別な日にだけ食べたい――とか、そういう意図があるのかな。
など、整合性を合わせようと考えていたのだが……どうやらそれは無駄だったようで。
「さやはチーズアレルギーです」
その一言で、真田の敗北が決まった。
嘘だろ……本当にこいつは、さやちゃんのことを理解していなかった――。
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