第百八話 妹ファーストで、解決よりも対決
真田にはいくら言い聞かせても、きっと理解してくれないだろう。
説教はそもそも苦手なので、最初から選択肢には入っていなかったものの……説教どころか、説得にすら応じてくれない強情さである。
(これは、俺の潔白や正当性を主張しても意味がないな)
シスコンの真田に、真っ当な意見は通用しない。
やれやれ……一応、他人の家庭の話である。真田の態度が気に食わないなら、黙って立ち去ればいい。さやちゃんのことは気にせず放置すれば、きっとこのまま疎遠になっていくだろう。
その方がめんどくさくない。
まぁ、そんなことができる人間ではないのだが。
俺は良識的な人間であるという自負がある。
最上さんほどではないが、他人への思いやりもちゃんと持っている。誰かを傷つけてまで自分が得をしたいという気持ちはないのだ。
だから、さやちゃんを放っておくという選択肢はそもそも存在しない。
しかし、真田との話は平行線だったので。
つまり、何が言いたいのかというと。
俺は、方針を切り替えることにしたのだ。
「――ふっ。バレてしまっては仕方ないな」
穏健路線は中断だ。
ここから俺は――過激派となる。
「そうだ。俺は、さやちゃんを妹にしようとしていた」
和平が結べないなら、対立だ。
正面からぶつかりあってしまった方が早いことだってある。
「――やっぱりな」
「え? あ、あの、お兄さま? えっと……どうしたのですか?」
真田は納得していた。変に理解が早いのがちょっと気持ち悪かった。
ただ、さやちゃんは混乱していた。
「どういうことですか?」
「さやちゃん、ごめん。今まで隠していたが……俺は君を妹にしようと目論んでいた」
「!?!?!?!?」
ハッキリと言葉にすると、さやちゃんはびっくりして目を白黒とさせていた。
いきなりそんなことを言われたのだ。戸惑うのも無理はない。
すまない、さやちゃん。
ただ、俺の予想だが……こっちの方が、真田との会話がスムーズに進む。
だってこいつは、思い込みが強い。
否定しても聞き入れてくれないので、それならこいつの会話に乗ったほうが分かりやす気がしたのだ。
「さや。お前はめちゃくちゃかわいいからな。全世界の男がさやを妹にしたいと思っているに決まっている」
ほら。この通り。
俺のとんでもない発言を当たり前のように受け入れている。
真田は心からさやちゃんを溺愛しているのだ。今の発言も本気で、それに即した俺の言動を当然のように受け入れたのだろう。
むしろ、こうやって言った方がこいつの中で整合性がとれるのだ。
おかげで、少しだが話が進みそうな気配がある。
……でも、今度はさやちゃんの方がなぜか前のめりになっていた。
「うるさいです。あなたは黙ってください。そんなことより、お兄さまは……さやを妹にしたいのですか?」
「うん。俺は一人っ子だから、妹に憧れがあるんだ」
「――なります」
あ、待って。
君がここで決断しちゃったら、まずい。
「やっぱり、殺すしかない……か」
真田がそっと、机に置かれているつまようじに手を伸ばした。
鋭利なものを今は持つな。普通に怖い。
「待て待て。まだ決まったわけじゃない。俺はただ、フェアに勝負がしたいだけなんだ」
これだ。
この方向に、俺は話を持って行きたかったのだ。
対決より解決を目指すのは政治家だけで十分だ。妹ファーストなのも全然いい。むしろ妹は大切にするべきだ。それは差別にあたらない。
なので、真田を相手にするのであれば、対決した方が恐らく手っ取り早い。
対立構造を作った方が相関図が分かりやすくなるだろう。
「は? 勝負? さやは俺の妹だ。誰にも渡さない」
「ほう。自信がない、と」
「――自信はあるに決まってるだろ。俺はさやに愛されているんだが?」
安いなぁ。
こんな分かりやすい挑発に乗ってくれるなんて。真田が浅ましい男で良かった。
「それなら、勝負をしよう。正々堂々、公平に……真田は勝つ自信があるんだろ? 絶対に勝てると思ってるんだよな? だったら、どうせ勝つんだから勝負を受けていいんじゃないか?」
「ああ。その通りだな……俺がさやに選ばれないわけがない。そうだろ、さや?」
「いいえ。さやは転生してもあなたを選びません。ばーか」
「ハハッ。さやは本当に、かわいいなぁ」
「べー」
小さな舌をぺろっと出して、真田を侮辱するさやちゃん。
ただ、その仕草がかわいすぎたせいで、真田にはまったく悪意が伝わっていなかった。ニヤニヤしてて気持ち悪い。
まぁ、何はともあれ。
ひとまずは、真田の怒りもおさまっている。先程よりも随分と態度が落ち着いていた。
怒りの衝動を別の方向にずらしたおかげだろう。良かった、これなら荒事にならなくてすみそうだ。
まぁ、そのせいで……別の問題が、新たに生まれてしまったわけだが。
「えへへ。お兄さまは、さやのことを妹にしたかったのですね……相思相愛です。やっぱり、本当のお兄さまなのです。やったぁ♪」
さやちゃんがすっかり舞い上がっていた。
……君、やっぱり真田の妹だな。
意外と思い込みが強いところが、兄にそっくりだった――。
お読みくださりありがとうございます!
もしよければ、ブックマークや評価をいただけると更新のモチベーションになります!
これからも執筆がんばります。どうぞよろしくお願いしますm(__)m