第百七話 パパ活みたいに『兄活』って言うな
俺は今、真田に殺意を向けられていた。
……ラブコメというジャンルで殺意が向けられていることに驚きを隠せないのだが、事実なのでこう表現するしかない。
とりあえず席に座らせることには成功したが、こちらを睨みつける真田に俺はため息をついてしまった。
さて、どうしよう。俺はやましいことをしたわけではないのに、浮気をしたかのような目で見られていた。
「とりあえず、さやは俺の隣に来い」
「嫌です。お兄さまの隣がいいです」
一方、さやちゃんはバケモノを見るかのような目で真田を見ていた。
実の兄に向ける目ではない。先程から心底怯えている。よっぽど嫌なのか、俺の制服の裾を掴んで離さない……そしてそれがまた、真田の憎悪をかきたてるから困ったものだった。
「……分かった。ひざの上でいいから、こっちに来い」
「妥協したような言い方で何を言っているのですか? あなたのひざに座るくらいなら、さやは床に座ります」
「まったく、照れ屋さんめ」
「うわ。きもっ」
先程からずっと勘違いしている兄に、さやちゃんは表情を歪めていた。
それにしても、うーん……真田は無敵だなぁ。嫌がられても全部『照れている』『好意の裏返し』『素直になれないだけ』という脳内変換をしているらしい。
自分がさやちゃんに愛されていると、心の底から思っているみたいだ。
まぁ、別にそれはいい……ただ、もっとさやちゃんの気持ちも大切にした方がいいと思うのだが。
「ちっ。俺の妹に手を出しやがって。いくらかわいいからって、十歳に手を出すなんて最低だな。ロリコンか?」
「手は出してないぞ」
「変態め」
「お前が言うな」
少なくともシスコンの真田にだけは言われたくないワードだった。
俺は変態じゃないぞ。モブ子ちゃんフェチではあることには胸を張れるけど。
……いや、そんなことはどうでもいいのだ。
「真田よ。お前はもう少し、思いやりを持った方がいい」
「思いやり? そんなの当然だろ。俺は優しいとよくみんなに言われてるけどな?」
「誰に言われてるんだ」
「美鈴とか、伊ノとか、うさぎとか、日向とか」
「……そうか」
全員、主人公教の信徒じゃないか。
盲目な信者の評価は参考にならないぞ。
「まず初めに言っておくと、俺は別にさやちゃんに悪いことをしているわけじゃない」
「は? してるだろ」
「たとえば何をしているんだ?」
「さやに『お兄さま』と呼ぶように強制している! この子は美味しい食べ物に弱いから、仕方なくお前をそう呼んでいるんだ。つまり、パパ活ならぬ『兄活』をしているんだろ!?」
「……その発想はなかった」
新しい視点だった。
妹がほしすぎるあまり、お金を出して兄と呼んでもらうということか。
「そうじゃないと、さやが俺以外の男を兄のように慕うわけがない。さやは俺のことが大好きなブラコンだからな」
「お兄さま。さやの耳を一緒に塞いでくれませんか? 自分の指だけでは、この人の声が防げなくて」
さやちゃん、諦めよう。
先程からずっと耳を塞いでいるが、真田の声が大きすぎて聞こえているようだ。
彼女は真っ青な表情で、俺を見ている。実の兄から発せられる言葉に震えているようだ。
「ぶ、ぶぶぶブラコン? さやが? そんなの侮辱です……さやの名誉を棄損しています。裁判で訴えたら絶対に勝てると思いますっ」
「ハハッ。さや、俺は分かっている。大丈夫だ、ちゃんとお前のことを理解しているからな」
「何も理解してないくせに……! お兄さま、どうか一緒にこの人を訴えませんか? 親権ではなく、兄権を勝ち取ってください。さやはお兄さまの家の妹になります」
「……さや。今の一言は許せないな。俺にちゃんと謝るんだ」
「嫌です。許さなくて結構です。このまま縁を切ってもいい覚悟ですからね?」
「ふぅ。やれやれ……おい、佐久川。さやを洗脳してんじゃねぇよ」
「佐藤だ。あと、洗脳もしてない」
名前を間違えられていることはどうでもいい。どうせ大切な場面になったら思い出すだろう。主人公とはそういう生物だ。
ただ、洗脳をしていると思われるのは心外だった。
うーん。話が進まない。
真田の思い込みがあまりにも激しくて、どうにもならなかった。
シスコンだなぁ。
別に愛情深いことは悪いことじゃないのに……なぜ、もう少しだけ相手の立場で物事を考えられないのか。
主人公らしい独善的な暴論に、俺は頭を抱えそうだった――。
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