幕間その4 存在しないはずのキャラクター
創作方法は人それぞれあると思うが。
ねこねこの場合は、完全に『憑依型』である。
故に、キャラのセリフを考える際、彼女は自分にそのキャラを憑依させて言葉を探す。
自分の心の一部分を切り取り、増幅させ、人格を作り、キャラクターとしての整合性がとれるように没入するのだ。
……これは、創作をしている者に時折みられる特徴なのだが。
そうやってキャラを憑依させてばかりいると、自己境界が曖昧になり、他者への共感性が強くなる。そのせいで他人の感情に影響を受けやすくなり、他者と一緒にいることに疲れるようになって、人と会わなくなり、人見知りになる。
ねこねこも、典型的なそのタイプだ。
なので、彼女のキャラは彼女に似ている方が、より人間味を帯びる。
たとえば、真田才賀の妹である真田さやもそうだ。
兄が苦手という共通点のおかげで、彼女はより生々しい存在へと昇華する。
それから、最上風子もまた彼女に近いだろう。卑屈で、自己否定ばかりして、しかし誰かに認められたいという強い承認欲求は、まさにねこねこ当人の願いでもある。
しかしながら、彼だけは様子がおかしい。
「佐藤君だけは、私もよく分からないんです」
なぜなら、このキャラの要素をねこねこは保有していない。
彼女の人格において、彼を構成する部分がどこにも見当たらないのだ。
存在しないものは、切り取ることも、増幅させることもできない。当然、キャラを憑依させてセリフを選ぶことなんてありえない。
よく言われることだが、作者以上に天才キャラを作れないという論理と同じだ。
自分にないものを生みだすことは、どんな創作者にもできない。
だというのに、佐藤悟は動いている。
「無意識で描いているというか、描かされているというか……手が勝手に動いて、頭が勝手に構成して、彼がこうしたいって主張するみたいに、物語を動かすんです」
これはねこねこでさえ、説明できない感覚だ。
当然、創作者ではない安藤も、理解できるわけがなく。
「そういう感覚もあるのですか……ねこねこ先生のポテンシャル、ですかね」
むしろ、ねこねこの持つ実力だと思って、感心しているようだった。
そうやって陳腐化できるような感覚ではないのだが、かといってうまく説明もできないので、ねこねこは曖昧に笑って頷いておいた。
(魂が宿る感じなのかなぁ。まるで、本当に営業Aさんみたいに感じるんだけど……)
他のキャラとの違いは、佐藤悟にモチーフが存在するということ。
彼は、SNSでよく見ていた営業Aという存在をイメージしている。
実際に会ったことはないので、彼のことは断片的な情報しか知らない。
あくまでモチーフでしかなく、ありのままに人格をコピペしたわけでもない。だというのに、彼女では思いつかないようなセリフを紡いで、彼女にはない語彙で言葉を操り、彼女の予期せぬ方向に物語を動かしていく。
「まぁ、佐藤君のおかげで色々と面白くなっているのも事実です。風子ちゃんは読者からも大好評なので、彼女を軸として今後も連載を続けていく……ということでいいですか?」
「はい。分かりました」
「あと、できれば……ちょっとエッチなサービスシーンも、あると嬉しいです。目に見えて売り上げが変わるので」
「そこも、理解しています」
作品に時折挟まれるエロ要素は、実は編集部の指示だったりするわけだが。
ねこねこ自身はヒロインを描くのが好きなタイプなので、サービスシーンも苦ではない。ただ、絵柄的にかわいさの路線が強いので、むしろファンからは描いてほしくないと言われることも多い。だというのに、たまに衝動で描きたくなることもあるので、これについては両者ともにウィンウィンだった。
「作品については、こんなところですね。あとは、契約の確認などをしたくて――」
当初から軽い打ち合わせだけのつもりだったのだろう。
作品についての話はすぐに終わって、後は事務的な話を少々した後、一時間くらいでねこねこは喫茶店を出た。
(ふぅ……良かった。とりあえず、打ち切りは回避だっ)
嬉しさのあまり、思わずスキップしそうになるが、運動不足のせいでなんとなく足が痛い気がしたので跳ねるのはやめておいた。創作者は体が弱いので無理は禁物である。
(お祝いに、パンケーキでも食べよーっと)
と、思いながら歩いていたのだが……途中でラーメン屋を見つけて、ふと彼女は足を止めた。
「ラーメン、か」
その単語からは、どうしても営業Aの投稿内容を思い出してしまう。
オタクらしき彼は二次コンテンツについてよく語っていたが、同じくらいの熱量でラーメンについても語っていた。出張先で訪れたラーメン店で必ず写真を撮って味の評価をしていたのである。どの食事レビューサイトよりも厳しかった彼のラーメン評を、彼女は密かに楽しんでいた。
だからねこねこはラーメンはあまり食べないが、色々と詳しいのだ。
(……今日はラーメンでいいかな)
パンケーキとラーメンでは、まるで違うが。
ただ、彼女は店内に入って……無意識にスーツ姿の男性ばかり見ていることに、気付いてしまった。
(営業Aさん、元気かなぁ)
作品が良い軌道に乗っている。
彼が大好きなモブ子ちゃんがメインキャラとして活躍している。
しかし、彼のアカウントはまだ……動いていない。
まるで、この世からいなくなったかのように。
営業Aのアカウントは、時を止めていた――。
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