幕間その3 物語の支配
【ねこねこ視点】
――彼女は少し、緊張していた。
都内某所にある、古い喫茶店で男性と対面しているから……というわけではない。
今、目の前にいる相手はプライベートで交流するような相手じゃないので、それも当然だ。
なぜなら彼は、仕事相手である。お互いに仲良くしようという意思などないし、あくまでビジネス的な関係性でしかない。
つまり、彼女が緊張している理由は――単純に、人見知りだからだ。
「ねこねこ先生。お忙しい中、今日はありがとうございます」
「い、いえ。大丈夫です」
編集の安藤の言葉に、彼女――ねこねこは首を横に振った。
それから、机の上にあるミルクティーをジッと見つめる。目が合わせられないのは、普段から人と交流していないせいである。
そんな彼女に対して、安藤はさほど気にしている様子はない。漫画編集という職業柄、漫画家への接し方にも慣れているのだろう。手元のパソコンを眺めて何かを確認していた。
「早速なのですが、打ち合わせに入ってもいいですか?」
「はい。お願いします……」
打ち合わせ。
その単語に、ねこねこは背筋を正す。
そう。本日、漫画家のねこねこは編集の安藤に呼び出されて、対面して打ち合わせをすることになった。
専業漫画家の彼女は普段、人と会うことがないのでこうして緊張しているというわけである。
もちろん、彼女が委縮しているのは緊張だけではなく……前回の打ち合わせ内容のせいでもあった。
(打ち切りは、どうなったんだろう……?)
あの宣告から、早三ヵ月。
作品に大きなテコ入れをしてから、もう三話も掲載している。ある程度、新しい作品の方向性に対する読者の反応も見え始めた頃合いだ。
それを見て、安藤は何を思ったのか。
(ま、まさか、怒られるとかないよね……?)
びくびくしながら待っていると、安藤は表情を変えることなく……一言。
「――最近、読者の反応がいいです。一巻発売時と比較すると、感想の数も多くなっていて……他の編集部メンバーも、ねこねこ先生の作品に対して良い評価をされていました」
その一言に、彼女はようやく顔を上げた。
「……本当ですかっ?」
「はい。まだテコ入れをしてから三話なので、今後に対しては不透明な部分もあります。ただ、この調子であれば二巻での打ち切りは回避できるかもしれません。編集長が直々にそう言ってくれました」
「それは、嬉しいです……!」
油断するとガッツポーズが出そうだったので、嬉しさを押し殺して拳をギュッと握めるに留めておく。
心が折れそうになりながらも、新しくチャレンジして手に入れた結果なのだ。それが嬉しくないわけがない。
そしてそれは、仕事のパートナーでもある安藤も同じ気持ちなのだろう。
「僕としても、すごく嬉しかったです。だから今日はぜひ、顔を合わせてご報告させていただきたくて」
「そうだったんですか」
珍しいと思ったのだ。
普段は通話でやり取りしていたが、いきなり対面で打ち合わせがしたいと言われたので、彼女は悪い方向でも覚悟をしていたのである。
結果的には良い報告だったので、それは杞憂に終わった。
「そういうことなので、もう少し連載は続けられそうです。その上で、今後の方向性についても、ご相談を……というか、ねこねこ先生のお考えを聞かせていただいて、共有できればと思ってます」
「あ、はい。分かりました」
「それでは、まず――佐藤君についてです。彼は、いったいどういうキャラなんですか?」
安藤が真っ先に聞いたのは――脇役、とされているキャラについてだった。
彼はパソコンで資料を見ているのだろう。画面を眺めながらも、難しい表情を浮かべている。
「彼が物語を大きく動かしているように見えるのですが、実際にねこねこ先生はそれを意識されてますか?」
現在、登場回数が格段に増えた脇役。
ちょい役のつもりで投入したキャラは、今やほとんど物語の中心にいる。
そのことを、安藤もどう評価していいか分からないらしい。
「テコ入れとして、ヒロインが変わる流れは良いと思うんです。日向ちゃんではなく、風子ちゃんのような新しいヒロインが現れる――というような流れは他作品でもよくあるのですが、あまりにも佐藤君が暗躍していますよね」
「……そうですね」
安藤の言う通りだ。
テコ入れとして、まずねこねこが行ったのはメインヒロインの交代である。
氷室日向ではなく、湾内美鈴や根倉伊ノ、尾瀬うさぎでも真新しさが足りないと感じた彼女は、思い切ってモブヒロインとしてしか登場がなかった最上風子をメインに据えた。
ただ、いきなり彼女が活躍するのは唐突すぎるので……そのつなぎ役として、それから助言者と引導者として、脇役である佐藤悟も登場させた。
最初はちょっとしか登場させる予定はなかったのに。
結果的に――彼が想像以上の動きを見せることになったのだ。
そのことについて、ねこねこはこう語る。
「でも、実は私も意図したわけではないんです。彼が、勝手に動き出したというか……自然と、こうなってしまった感じというか」
彼女にとっても、初めての感覚だった。
キャラが勝手に動き出す、どころじゃない。
まるで、物語を支配するような動きを、佐藤悟というキャラがしていたのだ――。
お読みくださりありがとうございます!
もしよければ、ブックマークや評価をいただけると更新のモチベーションになります!
これからも執筆がんばります。どうぞよろしくお願いしますm(__)m




