第百二話 正ヒロインの資格
俺は、『パンチラ動画を内緒で保存しているのではないか』とあらぬ疑いをかけられていた。
「疑うなら、見て確認すると良い」
そう言って、彼女にスマホを丸ごと差し出した。
すると、氷室さんは驚いたように目を丸くした。そんなに驚かれても困るのだが。
「いいの? 男子って、スマホに見られてはいけないものがたくさん保存されてるって子犬に聞いたけど」
「子犬? ああ、湾内さんか。本当に、余計なことばかり言う……!」
メスガキめ。別に男子が全員、見られてやましいコンテンツを保存しているわけではないぞ。
まぁ、保存していないだけで見ていないとは言っていないことが肝である。これが言葉のトリックだな、というくだらない思考はどうでも良い。
「少なくとも、さっくんは絶対にスマホを見せてくれないけど」
「俺を真田と一緒にするな。ほら、好きに見ろ」
そう言って、スマホを強引に押し付けた。
彼女は恐る恐る操作していたが……俺の言葉が嘘じゃなかったことを確認したのだろう。
「ほ、本当にないね。サトキンって……性欲ないの? これって大人びている、とかじゃないよね。まさか、枯れちゃってる?」
おい、舐めんなよ。
普通に性欲だってあるが。
「何を言ってるんだ。保存してたら怒ってたくせに」
「……それはそうだけど、男の子なら仕方ないかなって気持ちもあった」
「そこは寛容なのかよ」
さすが、真田の幼馴染だ。
男子に変な幻想を持っていない。どうしても、仕方ない一面があると理解してくれているらしい。
最上さんもそうだったが、意外と寛容だな。
まぁ――ラブコメとエロは、実は密接で切り離せない関係がある。
掲載誌の色にもよると思うが、エロはあった方が作品が売れやすい傾向もあると聞いたことがある。
だから、ヒロインたちはエロ要素にも寛容なのかもしれない。
まぁ、それはさておき。
「――本当に、サトキンって下心がないんだね」
氷室さんの小さな声を、俺は聞き逃さなかった。
なるほど……冗談めかしていたが、やはりそこは警戒していたのか。
「俺に狙われているとでも思っていたのか?」
「うん。女子って弱っている時が一番のねらい目なんだよね? 『どしたん、話聞こか?』って」
そうやって曲解されることがあるから、男性はみんな声をかけにくいんだぞ。
別に全員が下心を持っているわけではないのに。
「最初に言った通りだ。俺にも目的がある……そのために君を利用している。それだけだ」
氷室さん本人に対してどうこうしようとは考えていない。
俺の目的は、その先だ。最上さんのために、今は氷室さんに協力しているだけにすぎない。
あの子を、真田のラブコメから救出する必要がある。
だから、氷室日向というヒロインを強化して復権させるのだ。
「君が真田と結ばれることは、俺にとっても大きな利益がある。それだけにすぎない」
お互いに、利用し合っているだけだ。
それ以上でも、それ以下でもない。
当然、下心もない。
なぜなら、俺たちの間には『契約』という関係しかないのだから。
「そうだね。うん、分かってる。ごめんね、変なことを聞いちゃって……今日はエロ売りを強要されたせいで、頭が混乱してたかも」
「しっかりしてくれ。真田のためにエロ売りくらい我慢するんだ」
「ぐぬぬ。我慢、するっ。さっくんのお嫁さんになるって、私は決めてるんだから……!」
その意気だ。
やはり、正ヒロインはそのくらい重たい覚悟があってこそである。
だって、交流を開始して数回目だが……もう分かる。
(誰よりも真田を愛しているのは、氷室さんだ)
気持ちが一番強い。
それこそが、正ヒロインの資格だと俺は思う。
だから、やっぱり彼女がこのラブコメの中心にいるべきなのだ――。
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