第百話 泥だらけのヒロインも悪くない
「バズる、という現象は全員が経験しているわけではないみたいだぞ。どちらかというと、日々の努力の積み重ねで次第に認知されていくみたいだ」
農業や筋トレに考え方は近い。
土壌を作り、種をまき、水と肥料を与えて、時間をかけて生育するように。
日々のトレーニングと、食生活を徹底して、筋肉を肥大させていくように。
ゆっくりと、成長させていく。
アカウントも同じみたいだ。
ただ、そんな悠長なことをやっていては、全てが手遅れになる可能性もあるわけで。
「ただ、エロ売りだけは例外だ。BANのリスクこそあるが、間違いなく数字は伸びる。しかも劇的にだ」
農業で考えると、農薬と化学肥料だろうか。
いや、筋トレで考えた方が分かりやすいか。要するに、エロ売りとはステロイドである。
リスクもある。デメリットも大きい。その分、効果も凄まじい。
ハイリスクハイリターン。アカウントを伸ばすにはこれ以上に効果的な手段はない。
(さやちゃんも、傾向として間違いなく肌の色が増えていた方が数字が伸びると言っていた)
あの子は単純に両親からもらった衣服を紹介しているだけだし、そもそも小学生なのでエロ売りという概念もよく分かっていないみたいだが。
ただ、傾向として『ミニスカートとキャミソールの動画は伸びます』と言っていた。
彼女は続けて『だからあまり着ないようにしています。コメント欄に兄みたいな人間が増殖して気持ち悪いので』とも言っていた。気持ち悪い人間=兄、という公式が彼女の中で成り立っていたのはさておき。
俺はこの点に目をつけた。
さやちゃんはやらない方がいいと思うが、氷室さんにはむしろ推奨するべきだと判断したのである。
「す、すっごく、抵抗感がある……」
ただ、氷室さんは厳しい表情を浮かべていた。
彼女は自分に対して自信を持っている。それは同時に、彼女のプライドが高いことと同義だ。
そのプライドを、折る必要がある。
なぜなら、俺たちは挑戦者なのだ。
最上さんという、覚醒したバケモノ級のヒロインに勝たないといけない。
そのためには、プライドなんて捨てなければならない。
「――永遠に俺が君を手伝うことはできない。そもそも、これは短期決戦のつもりでいる」
SNSはあくまで手段だ。
インフルエンサーという肩書きがほしいだけである。
もっと言うと『周囲に人気のある女子』という印象がほしいだけで、別にインフルエンサーに拘っているわけでもない。
「一ヵ月以上も俺とこうしてだらだら過ごすのは嫌だろう? それなら、耐えてくれ」
「エロ売りと、サトキン……流石に天秤にかけてもあなたの方がマシだけど」
「そうか。じゃあ、真田との恋愛を天秤にかけるとどうだ?」
「……その質問はずるいね」
「もちろん理解している。だから聞いたんだ」
彼女も分かっている。
これは別に、選択できることではないのだ。
最上さんに勝つためには、やるしかない。
「もちろん、エロ売りとはいっても露骨なのはアカウントが削除される危険性もある。シャドウバンになってオススメに表示されなければ意味がない。過激ではないから、安心してくれ」
「や、やってやるっ。私は――さっくんの幼馴染なんだもん」
……やはり、逸材だ。
最上さんという圧倒的な存在を前にしても、彼女は諦めない。
どんなに高い壁であっても。
どんなに遠くを走っていても。
乗り越えるために、追いつくために、彼女は必死に食い下がる。
その過程で、転んで泥だらけになろうと……みっともなくても、関係ない。
「サトキン。私はあなたが嫌いだけど、あなたの言葉を信じてる。だから……お願いね」
「ああ。任せろ」
再度、力強く頷いた。
もちろん。彼女が恥とプライドを捨てて、泥臭く足掻いているのだ。
その努力を無にするようなことはしない――。
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